ロバート・マザーウエルは、アメリカ抽象表現主義を創設したと言われる芸術家である。
絵画と版画が良く知られているが、幅広い分野での正規教育を受けており、その知識を生かした作品を創るだけではなく、優れた編集者であり抽象表現主義のスポークスマンであった。
この天才肌の男性には20代の後半から70代の後半で亡くなるまで、４回結婚している。
マザーウエルの人生には「妻」という存在が途絶えることはなかった。
１．マリア・エミリア・モイヤーズ １９４２−１９４９
ハーバードやスタンフォードで最高の学問を学びながら、絵画制作にも貪欲だったマザーウエルは、美術史家のマイヤー・シャピロの勧めもあり、コロンビア大学を中退して、美術のみに専念することになった。
ロベルト・マッタたちとメキシコへの航海中に、マリア・エミリア・フェレイラ・イ・モイヤーズと出会った。
彼女は女優で、離婚と親戚への訪問のため、メキシコへ向かっていた。二人は急速に親しくなり、マザーウエルはすぐにマリアの肖像画を描いた。
La Belle Mexicaine (Maria), 1941 引用元
（せっかくの美人さんもマザーウエルにかかってはこの通り。キュビズム的な薄汚れた色調も、一目で恋に落ちた恋人を連想出来ない）
11月には二人でニューヨークに戻り、マザーウエルは、アンドレ・ブルトン、マックス・エルンスト、ペギー・グッゲンハイムと出会い、活動の場を広げていく。
しかし、1948年の冬、マリアは突然カリファルニアへ去り、結婚生活に終止符を打つ。理由はマザーウエルが酒乱だったかららしい。（マザーウエルの飲酒癖は生涯治らなかった）
マザーウエルは、しばらくの間深い鬱状態になっていた。しかし、彼の作品で最もよく知られている「スペイン共和国へのエレジー」は、この年初めて描かれ、その後１００以上のキャンバスで繰り返されている。
２．ベティ・リトル １９５０−１９５８
マザーウェルはマリアとの離婚を得るためにネバダ州リノへ向かう。
そこで、彼はニューヨーク出身の女性で、まもなく2番目の妻となるベティ・リトルと出会う。
マザーウエルはこの頃、ハンター・カレッジの美術助教授を務めていて、二人の間にはジェニーとリサの娘ができる。
しかし、この結婚生活も８年しか続かなかった。マザーウエルの次の妻になるヘレン・フランケンサーラーに出会ってしまったのが原因だろう。
ベティ・リトルはのちに、有名人の元妻がよくやる「My Life with Robert Motherwell」という本を出版している。
３．ヘレン・フランケンサーラー １９５８−１９７１
ベティ・リトルと別れた年に、画家のヘレン・フランケンサーラーと結婚。
この二人の結婚は「黄金のカップル」と呼ばれた。
フランケンサーラーはマザーウエルより13歳年下だが、同じ抽象表現主義でステイニング手法で名の知れた芸術家である。父親はニューヨーク最高裁判所の判事であり、裕福な家庭で子供のころから最高の美術教育を受けていた。
またマザーウエルもワシントン州の銀行家を父に持つという富裕家庭で育ち、11歳で奨学金を貰い美術を学び、その後はスタンフォードで哲学を学ぶ天才ぶりを発揮した。
画家たちのパーティでは贅沢な催しを開き、豪華な旅行に出かけていた。
結婚当初は二人で新しい絵画技法を模索していたようで、作品は似通っている。お互い恋愛や結婚よりも芸術家としての絆が強かったように思える。
けれどベティ・リトルとの二人の娘を引き取って育てているので、家庭らしさが全くなかったわけではない。（この二人の娘ものちに芸術家となる）
4.レナーテ・ポンソルド 1972-1991
マザーウエルとフランケンサーラーはすべての点においてベストカップルだと思われていたが、1971年に離婚して、翌年の1972年に写真家のレナーテ・ポンソルドと結婚。
レナーテはドイツで生まれ大戦後アメリカに帰化。マザーウエルより21歳年下である。著名人は結婚するたびに妻の年齢がさがっていくのは、自分は年を取らない意識が強いからなのだろう。
レナーテは彼女自身の創作作品の他に、マザーウエルのドキュメンタリー作家だった。約20年の間マザーウエルの作品や展覧会の写真を何千枚も制作した。
マザーウエルにしてみれば、いつも自分の傍にいて、自分の大業の記録を残せる能力のある妻は重宝しただろう。
しかし、マザーウェルはレナーテのことを「彼女は詩人、作曲家、画家、彫刻家に対して完全な理解力を持つことができる。なぜなら、彼女自身が写真に限らずあらゆるレベルで、完全に創造的だからである。」と語っている。レナーテの仕事に大満足だったようだ。
1991年76歳でマザーウエルが亡くなるまで二人は一緒にいて、仲睦まじかったと言われる。
マザーウエルの莫大な遺産の大部分は、彼が設立した非営利団体の財団にのこされ、1000点以上ある作品は世界各国の美術館へ寄贈された。
レナーテは2023年87歳で永眠。
ロバート・マザーウエルの4人の妻たちの存在
マザーウエルは20代後半から亡くなるまでの約50年間、常に「配偶者」がいた。なぜ離婚して間髪入れずまた結婚をしたのか不思議でならない。
離婚をするのだから、結婚生活の難しさを学んだはず。それなら恋人と同棲して内縁の妻とすればいい。法的に「妻」とすると離婚する場合は面倒なことが多いだろう。それなのに恋人ができるとすぐ結婚してしまう。それほど激情型の愛の持ち主だったのか。
いや、逆にマザーウエルは妻たちを無垢な心で愛していたかが疑問だ。
何のために常に妻が必要だったのか。
自分の芸術のためか、安定した精神を送りたいためか、それとも世間体を気にして、もしくは話題性が欲しかったのか。
世の天才たちは、常人では全く思いつかない考えをもって我々に恩恵を与えてくれる。その彼らのブリリアントな思考は、今現在の社会的概念を飛び越えたものであるのだが、時としてその天才たちは大きな何かが欠落していると気づくこともある。
ロバート・マザーウエルもこれらの天才たちのひとりに違いないので、我々には計り知れない。だから、様々な妄想で彼の私生活を彩ってあげるのも、悪くないのではないか。
