アンドリュー・ワイエス(Andrew Wyeth)は、20世紀のアメリカン・リアリズムの代表的画家です。1917年に生まれ2009年に91歳で亡くなりました。鉛筆、水彩、テンペラ、ドライブラシなどで、アメリカ東部の風景や人々を描き、写実表現での大きな位置を占めています。
ワイエスの象徴的な風景画のひとつ、「海からの風」を紹介します。
制作時期と場所
生涯ワイエスはアメリカから出ることはせず、ペンシルバニア州とメイン州のみで暮らし、制作を続けました。
「海からの風」は、彼がメイン州沿岸に住んでいた時の作品で、インテリアや建築物に焦点を当てていた初期の絵画の一つです。
あの有名な「クリスティーナの世界」描かれる一年前、1947年の制作です。
この窓は、友人のアルバロ・オルソン所有「オルソンハウス」の3階にある放置された部屋にありました。ワイエスはカーテンが窓から吹く風に揺れるのを見て、クリスティーナをスケッチした同じ紙に、描いていきました。
解説と考察
「海からの風」は、47センチx70センチのさほど大きくないテンペラ画です。
薄汚れた透明のカーテンが、古い木枠の窓からの風でたなびいています。半分ブライドを降ろされた窓からは、黄褐色の草地が見えます。2本の轍が行き着く先は海で、鉛色をしています。外は曇り空ではあるのですが、室内は薄暗いので、窓からの景色は鮮やかに、はっきりとみることができます。
ワイエスはこの絵で「遠いものへの憧憬」を描きたかったのではないでしょうか?彼は、尊敬し信頼していた父を、この絵を描く一年前に、悲惨な事故で亡くしています。また、この窓の下から、ワイエス家のお墓が眺められたとも言います。ワイエスは逝ってしまった人を思い出し、寂しさと切なさをぼんやりと感じたのではないでしょうか?
また生暖かい夏の海からの風は、カーテンをたなびかせていますが、その向こうの風景は、まるで時間が止まっているかのようです。カーテンが動いている瞬間を捉えながら、静を表象し、その「静」は過去、現在、そして未来までもが、包まれていくようです。
写実のなかの架空
あるものとじっくり付き合っていると、しまいには自分がその中に生きているような気がしてくる ワイエス
ワイエスは一つのモチーフを何年も描き続ける画家でした。
「海からの風」は一年足らずで、長い製作期間とは言えませんが、それでも、彼の思考はこの絵の中に入り込んでいます。
写真のような精密画でありながら、現実のそのものではなく、ワイエス自身の違う世界を繰り広げています。この風景に生きているワイエスは、どんなことをして、何を考えているのでしょうか?
そして、この絵を観る人達は、突然、アメリカ東部の人里離れた沿岸に、ひきこまれ、既視感と共に、二度と今自分がいる場所には戻れないという畏怖さえ感じないでしょうか?
プロべナンス
1947年にバーモント州のクレイ・バートレットに購入されましたが、1952年、マサチューセッツ州のチャールス・モーガンへ売却。その後、モーガンがミードアート美術館へ25年間、貸し出していました。モーガンの死後、2009年にナショナル・ギャラリー美術館に寄贈されました。