アメリカで生まれ、フランスの道端で国境を超えて歌う続ける歌手、マデリン・ペルー Madeleine Peyroux.
彼女の代表的な曲に「Don’t wait too long」があります。
2枚目のソロアルバム「Careless Love」からの唯一のオリジナルトラックで、彼女自身が「人生はこの歌の中にある」と言っています。
歌詞の内容は、恋人をふった女性が、相手を同情しながらも、カラリと「次の恋人を早く見つけなさいよ」といったニュアンスに受け取れます。
Don’t wait too long
この歌詞の意味は、本当に彼女がちょっと女々しい恋人をふってしまうだけのことを、語っているのでしょうか?
実は、振られてしまうのは彼女の方で、合理主義の冷たい恋人をいつまでもぼんやりと忘れることができない、女心を意味しているのではないでしょうか?
超解釈ショートストーリーをどうぞお読みください。
Don’t wait too longの超解釈 ショートストーリー
「 Don’t Wait Too Long 」の解釈
「僕を待つ必要はない。待っている間に君は全てを失ってしまうから。」
最後の帰り際、彼は運転席のドアを開けたまま、彼女の眼を真っ直ぐに見て、はっきりと言った。 彼女は遠ざかる彼の車を見送りながら、今の彼の言葉がどういう意味であるのかを頭の中で反芻していた。悲しみではなく、ぼんやりとした疑問が広がっていく。
彼は明日の朝、この地を離れ、戻って来るシナリオはなかった。
新しい人生が始まる彼にとって恋人を置き去りにすることなどは、さして苦ではない。
まる一年足しげく通った彼女の家にも何の愛着もない。気に入っていた彼女のモダンカントリーのベンチも、滑らかなギザコットンのベッドシーツも、よく懐いていた彼女の愛犬も、もう過去なのだ。
現実を力強く駆けていき、努力と実力で欲しいものは手に入れ、自分の人生の山を積み上げていく。新しく欲しい物ができれば今持っているものを手放す。人の持てる範囲は決まっているから。
彼にとっての愛は、喜びも悲しみも共にし、上質な赤ワインのように熟成していくものではなく、自分の心を一時癒す行為なのだ。とらわれることの無い瑣事であり、また新しい恋を見つける自信もあった。
だから恋人を愛しても、それは単なる休息でしかなく、彼の生き方を崩すものではないのだ。 これから始まる燦然たる生活に魅了され、多くのことを学び、あと数ヶ月もすれば、この地での事は忘れるだろう。
ただ、戻る自分を信じてずっと待っている彼女を想像するのが嫌だった。
時は足早に過ぎていく。遠く離れた自分を想い続けて毎日を過ごしていれば、気が付いた時には彼女の願った全ての幸せが通り過ぎてしまうだろう。いつも傍にいて夜キャンドルを一緒に灯すような恋人を愛したほうがいい。 時間が人の心を変えるなら、そのいつ来るか分からない時は短いほうがいい。長く待っていれば全てを失ってしまうだろう。
彼女は彼が去った後、何が起こったのか、自分がどうするべきか不確かだった。
家族は居ず、友人は顔見知り程度で、家や仕事にも執着はない。静かな日々を淡々と過ごして居ただけで、彼と居るときも穏やかな気持ちは変わりなかったけれど、刹那と共に永遠を感じることができた。 彼が眉間に皺を寄せて作る微笑みや、左手で頬を覆いながら話す仕草が好きだった。 彼の言葉はいつも霧のように曖昧なのに、今日は何故あれほど截然と伝えたのかわからなかった。本当に彼は明日から私の前に姿を見せないのだろうか。
二人でゆっくり飲むお茶や、曇りの日の海辺で冷たい風に吹かれるのを思い出して、100万回泣くこともできるし、この田舎町で耐えがたい哀惜を持ち続け、彼を100万年待ってもよいのだ。勿論冷たい恋人を即座に忘れて、明日からは何事もなかったように生きることもできるだろう。
彼は私をあの黄金色の少女に似ていると言った。 庭の連翹が満開の頃、ルドンの画集を捲ってその絵を私に見せてくれた。 鮮やかな青と初夏の光を集めて金色に輝く少女は、野辺に居るようにも見えるし、海の中に居るようにも見える。憂いを帯びた横顔に女神のような気品を具え、あれほどの美しさを私が持っているのなら、そして彼のファム・ファタルであるならば、彼は私を捨てることができないはずなのに。
彼を愛していたけれど、彼と私は完全に違う世界にいることは知っていた。一緒にいれば彼が作りあげた世界には全てが存在していたが、私は何ひとつ持っていなかった。彼が居なくなって消えるのは彼の世界で、私の全てではない。失うものが何もない私には無意味なことだ。時間が人の心を変えるなら、そのいつ来るか分からない時は短いほうがいい。もうすでに全てを失っているのだから。
「あの灯台へはどう行けばいいのだろうか。」
春の始まりの日、彼女の庭先で道に迷った彼は運転席のドアを開けたまま、はにかみながら声をかけた。外はまだ肌寒く、木立は芽吹いていないがシャレイブルーの空が雲を包み隠していた。彼は、冷たい陽だまりの中でおぼろげに溶け込む彼女のことが一目で気に入り、彼女は、まだ冬のジャケットを着て寒そうな彼の端整な横顔に異風を感じていた。
それは今でも二人の記憶に鮮明に刻まれている。時間はいつも残酷に一瞬で過ぎ去り、心の隅に永遠に残る。
Fin
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