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小山明子の若い頃と現在は?夫、息子、兄、家族についてのエピソード。

女優歴60年以上の小山明子(こやま あきこ、1935〜)さん。

20歳のときにデビューしてから、多くの映画、テレビドラマに出演し、結婚した夫は映画監督の故 大島渚さんです。

ここでは女優 小山明子さんの家族を中心に、子供時代、若い頃や現在をエピソードとともに見ていきます。両親や兄弟、夫 大島渚さんとはどんなせいかつだったのでしょう?また子供(息子)たちは、どんな職業についているのでしょうか。

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小山明子の両親と兄弟・子供時代

小山明子さんは、(1935年 昭和10年)千葉県に生まれ、3歳から東京都文京区本郷で育ちます。
祖父母と両親、兄が3人の8人家族で、兄たちを追いかけて遊ぶおんてばだったようです。小2の時は、友人と飛び降りる階段の段数を競って、高い段から跳んで足を骨折したとか。

戦争が始まると大阪の叔父の家に疎開し、友達をつくるために、一生懸命大阪弁を覚えたそうです。

父親はもとは、旭化成のサラリーマンでしたが、その後南米拓殖会社、貿易会社経営をして、明子さんも2歳のときは、一年間朝鮮にすんでいました。家庭では昭和の典型的な亭主関白タイプでしたが、子供をとても愛しており、明子さんを疎開させたときは、「もう二度と会えなくなるのでは」と悲しんだそうです。

明子さんは、高校卒業後、ファッションデザイナーを目指して横浜の大谷学園横浜ドレスメーカー女学院学校に通っていました。雑誌『家庭よみうり』の表紙に出たことがきっかけでスカウトされ、女優として芸能界入りすることになります。

しかし、堅実な会社員だった父親からは、大事な一人娘が、浮き沈みの激しい芸能界の仕事に大反対します。しかし松竹の上層部の方が父の大学の大先輩だったため、父親は仕方なく芸能界入りを承諾したそうです。

母親は、戦争中に胃潰瘍になってしまい入院手術をしていましたが、戦中、戦後の物資のないときだったので、明子さんが11歳のときに亡くなってしまいました。

明子さんは兄たちと仲がよく、西部劇の映画に連れて行ってくれることもありました。父親と同じく、家族の中でたった一人の女の子として可愛がられたそうです。

Ms Wendy|分譲マンションと生活に関する情報 Wendy-Net小山明子さんの祖父母、両親、兄弟  引用元:https://www.wendy-net.com/nw/person/307.html

小山明子の夫 大島渚との生活

1960年、25歳のとき、3つ年上の大島渚監督(1932年3月31日 – 2013年1月15日)と結婚します。

大島渚監督死去 松田龍平を抜てき/芸能/デイリースポーツ online引用元:https://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2013/01/15/

松竹時代に知り合って、大島監督のプロポーズが「何でも買ってあげるから、結婚して」ということで、大島監督がかなりのオシムードだったのがうかがわれます。

小山さんは結婚したら女優を辞めて、家庭に入るつもりでした。しかし、大島監督が翌年松竹を退社して独立してしまい、「夫が無職」という状態だったので、女優業を続けることに。

新婚時代は、大島監督の仲間が毎晩のようにやって来て、難しい映画談議を花を広げていました。小山さんは、女優の仕事をして家に帰り、大勢の人たちに食事を作ったそうです。小山さんは、高卒というコンプレックスから、大島監督の映画談義に加わることはしませんでした。しかし、大島監督はそんな小山さんを見て「君は撮影所という学校を5年通って卒業しているから、十分な知識がある」と言ってくれたそうです。女優として妻としての夫の愛情がわかる一言です。

1996年に大島監督が脳出血で倒れてからは、女優業を休業し、介護に徹します。しかし、介護の大変さと、将来のことを考えすぎ、小山さんは入退院を繰り返すほどの「介護うつ」になってしまいました。

ある日鏡を見たときに、64歳である自分が80歳すぎの老婆に見え、うつから立ち直るために、身ぎれいにしたり運動を始めたそうです。そして4年後には、うつを克服できました。

残念ながら、大島監督は病状が悪化し、言語障害や右半身麻痺といった症状が出てしまい、結婚生活の3分の1は介護生活であったのだけれど、小山さんは後悔はすこしもないそうです。

小山明子のしあわせ日和―大島渚と歩んだ五十年引用元:phttps://www.amazon.co.jp/

夫と介護生活のエッセイ集を2010年に出版しています。

小山明子の子供 息子たち

お二人の間には、二人の息子さんがいます。

1963年に生まれた長男 大島武(おおしま たけし)さん。

伝えることの難しさ語る 大島武さんら講演 | 藤沢 | タウンニュース引用元:https://www.townnews.co.jp/0601/2018/04/06/426984.html

ビジネス実務論が専門の経営学者です。東京工芸大学芸術学部教授で、全国大学実務教育協会ベスト・エデュケーター・オブ・ザ・イヤー最優秀賞受賞しています。

次男は、1969年うまれの大島新(おおしま あらた)さん。 

ネツゲン・大島新さんがドキュメンタリー業界の先に見る未来とクリエイ ...引用元:https://www.creativevillage.ne.jp/27393

テレビ・映画・CF等の映像の企画・制作をしている株式会社「ネツゲン」の代表取締役です。

1995年早稲田大学第一文学部卒業後、フジテレビでディレクターを務めたあと、フリーになります。2007年、ドキュメンタリー映画『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』を監督し、第17回日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞を受賞した。2016年、映画『園子温という生きもの』も監督しています。

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小山明子の現在の活動

長い間、女優を休業していましたが、現在は復活して、映画やテレビ番組に出演しています。また長期介護の経験をもとに、同じような苦労をしているために講演もしています。

「終活」については、大島監督が存命中から始めていて、二人の息子さんたちとも、よく話し合っています。

2017年に乳癌の手術、2018年の心臓手術、尾骶骨の剥離骨折など、健康面では心配なのですが、「今日という一日を精いっぱい生きる」をモットーに、活躍されています。

人生の深い美しさを感じさせる小山明子さん。これからも映画やテレビでその気品あふれる姿をいつまでも拝見したいものです。

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