世界で注目される小説家、吉田修一(よしだ しゅういち)氏。
映画化された作品も多く、芥川賞選考委員でもあり、2018年度芸術選奨、文部科学大臣賞を受賞しました。
本記事では、吉田修一氏の家族、結婚相手の妻や子供、兄弟、両親について見ていきましょう。
また、高い評価を受けている長編小説『国宝』は、吉田氏の実家とつながりがあったようです。
吉田修一のプロフィール、経歴
引用元:https://www.nippon.com/
氏名:吉田修一 (よしだ しゅういち)
生年月日:1968年9月14日
出身地:長崎県長崎市
学歴:長崎県立長崎南高校
法政大学経済学部 卒
1997年、29歳の時『最後の息子』で、第84回文學界新人賞を受賞し、小説家デビュー。
文學界新人賞
文藝春秋が発行する文芸雑誌『文學界』の公募新人賞である。年に1度募集され、受賞作は『文學界』5月号に掲載される。受賞者には賞金50万円と記念品が与えられる。規定枚数が400字詰原稿用紙で70 – 150枚と、他の純文学系文芸誌が主催する新人文学賞と比べて短めであることが特徴的である。出典:ウィキペディア
2002年、『パレード』で、第15回山本周五郎賞を受賞。
『パーク・ライフ』で、第127回芥川龍之介賞を受賞。
山本周五郎賞
物語性に優れた大衆文学の小説を表象する賞。新潮社が日本文学大賞の後継として、1988年に純文学を対象とする三島由紀夫賞とともに設立された。 出典:ニコニコ大百科
芥川龍之介賞
1935年に芥川龍之介を記念して創設された文学賞。正称は芥川龍之介賞。文藝春秋を主宰していた菊池寛の発意で,直木賞とともに設けらた。応募方式ではなく,新聞,雑誌(同人雑誌を含む) に発表されたおもに無名または新進作家の純文学短編作品を対象とする。授賞は年 2回。文壇の登竜門と目されている。 出典:コトバンク
この純文学と大衆小説の文学賞を合わせて受賞したことで話題になりました。
2007年に『悪人』で第61回毎日出版文化賞と第34回大佛次郎賞を受賞。
毎日出版文化賞
毎日新聞社が主催(特別協力大日本印刷株式会社)する、優秀な出版物を対象とした文学・文化賞である。1947年に創設。毎年11月に受賞者が発表され、授賞式が東京で行われる。
大佛次郎賞(おさらぎじろうしょう)
朝日新聞社主催の文学賞である。『鞍馬天狗』、『赤穂浪士』、『パリ燃ゆ』、『天皇の世紀』などの小説・ノンフィクション・歴史書で知られる大佛次郎の幅広い業績を記念し、没年の1973年に「作品集」を出していた朝日新聞社が創設。 出典:ウィキペディア
ここでも大手新聞社の賞を2つも受賞しています。
2010年、『横道世之介』で第23回柴田錬三郎賞を受賞。
柴田錬三郎賞
集英社が主催し、一ツ橋綜合財団が後援する文学賞。1988年に柴田錬三郎の業績を称えて創設され、以降年1回発表されている。前年の7月1日から、当年の6月30日までに刊行された小説を対象とする。受賞者には正賞として記念品、副賞として300万円が授与される。 出典:ウィキペディア
2016年、芥川龍之介賞の選考委員に就任。
2018年度芸術選奨、文部科学大臣賞を受賞しました。
吉田修一の妻や子供は?
吉田修一氏は独身で子供もいません。
結婚願望は特になく、2匹の猫と一緒に暮らしています。
引用元:https://cat-press.com/cat-tv-programs/
引用元:https://thetv.jp/news/引用元:https://raspini.hida-ch.com/
飼い猫の名前は、金ちゃん、銀ちゃん。錦糸町から来たベンガルの金太郎、銀座から来たスコティッシュフォールドの銀太郎だそうです。男3人ぐらしなのですね。仕事場兼自宅では片時も猫たちは吉田氏のそばを離れず、「昼寝仲間」でもあるようです。
作家はなぜ猫が好きで、猫と暮らすのでしょうか?
吉田氏が2017年にこの2匹の飼い猫に送った手紙があります。
『拝啓 金ちゃん銀ちゃん』
考えてみれば
君たちと暮らし始めて
もう七年になる。
7年にもなるのに私はまだ
君たちのことが全くわからない。
何を考えているのか。
楽しいのか退屈なのか。
そして、ちゃんと幸せなのか。
だけど
君たちのことを
分かったふりをするのは
やめておこうと思う。
お互いに分かり合えないまま
一生を共にするなんて、
なんだか分かり合えている間柄より
かっこいい。
そういえば私には
ひとつ自慢できることがある。
それはまだ君たちに
一度も嘘をついたことがないという
ことだ。
白状すると、
そんな相手は君たち以外に誰もいない。
人間生きていれば、
好きでもないのに好きだと言ったり
飲みたくもない酒を飲んだり
泣きたいのに我慢したり
そんなことばかりやっている。
嫌いな人にはもちろん、
愛してる人にだって嘘をつく。
たぶん私はこれからも
君たちに嘘をつくことはない。
そんな関係で一生終えられるのは
きっと君たちだけだと思う。
金ちゃん、銀ちゃん。
いつも正直でいてくれてありがとう
いつも正直でいさせてくれてありがとう。
引用:ひだっちblog
この手紙から、作家は心から人を愛せない物悲しさを感じ、動物への憧れを隠しきれない葛藤さえも伝わってくるような気がします。
我々は他者との共感を求めて生きているのだけれど、それを完全には共有できない寂しさがあります。しかし、相手が動物であれば、正直に自分の心の内をぶつけることができる心地よさの愛が、穏やかなひとときを創り出すのではないでしょうか。
吉田修一の実家は『国宝』とつながっていた
新聞連載時から反響を呼んだ『国宝』は、任侠の一門に生まれながら、歌舞伎の世界に飛びこみ、稀代の女形になった男の人生を追った長編小説です。
いつもはドライブをしているときや、寝る前にストーリーが浮かぶそうですが、『国宝』では、歌舞伎を見ている時や裏方にいるときだったそうです。
そのアイディアや構想を求めていくと、なぜか後から自分との関連性が見つかってしまうようだったと語っています。
吉田氏の実家は長崎にある酒屋で、そうした地域的なことを小説に織り込むことも多々あります。『国宝』ではその実家のある隣町に住んでいた人が、歌舞伎座を建てたということに、繋がりを感じると語っていました。
長崎から話を始めたのだって、単純に自分の実家の近くの料亭から描こうと思ったからなんですけど、後半になって、そう言えば、歌舞伎座って誰が建てたんだろうと調べてみたら、なんと実家に近い新石灰町(しんしっくいまち、今でいう長崎市油屋町)という思案橋のすぐ向かいにある町で生まれた人だったんです。
――歌舞伎の神様のおはからいみたいで、ちょっとゾクッとしますね。しかも、思案橋と言えば、吉田さんの実家のすぐ近くじゃないですか。
びっくりしました。歌舞伎座を建てたのがまさか隣町で生まれた人だったなんて、まったく知らなかったから。そういうのばっかりだったんです、この作品。何度もゾクッとさせられたけど、おかげで、これでいいんだと思いながら描くことができたかもしれない。 出典:読書人ウエブ
自分で責任をもつために人の話はきく
吉田氏はSNSはやっていません。理由は文章を書くのは、小説とエッセイで十分だからで、自分で感じたことを発信したいとは思わないそうです。
しかし、他人の情報発信は見ます。それはリサーチや参考にするというわけでもなく、ただ気になるので見るようで、それが、自分の小説に影響することはないと語っていました。
社会問題や差別問題などには、自分なりに丁寧に取り組んでいて、自分の意見には責任を持ち、けれど世の中の影響は受けない。吉田氏にとって、小説家は個人の仕事で読者とは一対一の関係が成り立っています。ですから、世の中全体の価値観ではなく、一人の価値観を大事にし、自分に見える景色というものを信じているそうです。そのためには、いろんな声を聞くことは必要であり、自分で考え、自分の意見に責任をもって生きていきたいと、吉田修一氏は、ヤフーのインタビューで語っていました。