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五木寛之の家族について。結婚した妻や子供、両親、兄弟姉妹は?

日本を代表する小説家・随筆家の五木寛之(いつき ひろゆき)氏。

誰もが一度は五木氏の作品を読んだことがあると思いますが、膨大な知識と経験には驚き、豊かな心情表現に感動したと思います。

ここでは、五木寛之氏の家族について見ていきます。

辛酸を舐めた子供時代に育てたくれた父親と母親、兄弟姉妹とはどんな関係だったのでしょう。またあまり知られていない結婚した妻や子供はどんなひとたちなのでしょうか。

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五木寛之 プロフィール

五木寛之「孤独死は恥ずかしいことではない」 | ハフポスト | 東洋経済 ...引用元:https://toyokeizai.net/articles/-/211996

生年月日:1932年9月30日

出身地:福岡県

旧名:松延 寛之(まつのぶ ひろゆき)

学歴:早稲田大学露文科中退

編集者などを経て『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、『青春の門 筑豊篇』他で吉川英治文学賞を受賞。『風に吹かれて』『大河の一滴』『他力』『人間の覚悟』『親鸞』『孤独のすすめ』『マサカの時代』など著書多数

第2次世界大戦終戦を平壌中学1年で迎え、1947年帰国。福岡の高校を卒業,早稲田大学露文科中退。業界紙編集,広告代理店勤務,コマーシャルソングの作詞など職を転々とし、『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、『青春の門 筑豊篇』他で吉川英治文学賞を受賞。1969 年から大河小説『青春の門』で人気作家となる。ほかに『戒厳令の夜』、『四季・奈津子』 、『風の王国』  、『人間の覚悟』、『親鸞』『孤独のすすめ』『マサカの時代』など著書多数。

五木寛之の両親・兄弟姉妹

五木寛之氏は、1932年、教員の松延信蔵さんとカシエさんの長男として福岡県八女郡に生まれます姉、弟、妹がいます。(姉、弟は若い頃逝去)

生後まもなく朝鮮半島に渡り、父の勤務に付いて全羅道、京城など朝鮮各地で暮らします。少年時代は、父から古典の素読や剣道、詩吟を教えてもらったといいます。

第二次世界大戦終戦時は、家族で平壌の師範学校の宿舎に住んでいました。ソ連軍進駐軍の兵士が突然家に乱入して暴行。病気で伏していた母親はそれが原因でその数ヶ月後41歳で亡くなります。五木氏が12歳のときでした。

収容生活を強いられていましたが、父親、弟、妹とともに、38度線を越えて開城に脱出し、1947年に福岡県に引き揚げます。戦争を知らない私たちには耐え難い恐怖の体験を、五木氏の家族は乗り越えてきたのです。

日本に戻っても父親は母親の死を悔やみ続け、アル中になってしまいます。五木氏は家計を支えるべく、新聞配達、売血、泊まり込みでの行商をしました。彼の人並みならぬ精神の強健性はここでも発揮され、翌年には福岡県立八女中学校に入学します。そして、ゴーゴリやチェーホフを読み出し、同人誌に参加してユーモア小説を掲載し始めました。

父親も様々な仕事を試みてみましたが、残念ながら全て失敗し、55歳で腸結核で亡くなっています。

五木寛之の結婚し妻

五木氏は1965年、33歳のとき2歳年下の精神科医で美術家の岡玲子さんと結婚されています。

玲子夫人は石川県選出の衆議院議員 岡良一氏の娘で、早稲田の学生時代から交際していました。玲子夫人の親類の五木家に跡継ぎがなかったため、このときから五木姓を名乗っています。

玲子夫人は1934年金沢生まれ。早稲田大学文学部及び東邦大学医学部卒。1965年より数年間、精神科医の病院に勤務。53歳になってカルチャーセンターの「裸婦デッサン教室」に入り、パステル画も描くようになります。雑誌連載のイラストレーションなどを手がけます。他にもリトグラフを中心に、銅版画、木版画、石版画も制作。五木寛之氏の著書を中心に、約40冊の書籍の装画を担当。画集に『天の花 地の花』があります。

五木玲子『花まんだら No.2』 | リトグラフ | 日経アート

花まんだらNo2  引用元:https://art.nikkei-ps.co.jp/block_print/lithograph/5303/

五木玲子・五木寛之著 一個の化石の前に、一本の綿の木の前に、五木玲子は静かにひざまづき、じっと目をこらす。そこに存在するのは、物と自然と人間を一体として感じる生命の共鳴の時間ではあるまいか。(五木寛之-書き下ろしエッセイ「石の花 その他の花」より)  出典:アマゾン

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五木寛之の子供

玲子夫人との間に子供はいません。五木寛之氏は常々、「私には子供はいないが、自分が書いた本が息子・娘だと思っている」と言っています。ですから本の装幀などにも大変細かい配慮をするのだとか。

作曲家の佐村河内守さんを息子のように可愛がって面倒を見ているという話もあります。

自分の軸をしっかり持ち、時代に逆らうことをせず最後までしっかり生きていきたいと語る五木氏。「知の巨人」としての幅広い知識と、人間としての深さをいつまでも私たちに説いてもらいたいと願っています。

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