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エーリッヒ・フロムの経歴と本、名言を紹介!「愛するということ」は技術なのか?

エーリヒ・ゼーリヒマン・フロム(Erich Seligmann Fromm)は、ドイツの社会心理学、精神分析、哲学の研究者です。

彼はナチ政権を脱出し、アメリカに定住したドイツのユダヤ人で、ニューヨーク市のウィリアム・アランソン・ホワイト精神医学研究所の創設者の1人でもあります。日本では1956年に出版された『愛するということ』が、近年また話題になり、多くの著名人が感銘を受けています。

ここでは、エーリッヒ・フロムのプロフィール、学歴、思想、経歴、受賞歴や本、名言を紹介します。

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エーリッヒ・フロムのプロフィール  学歴・経歴・賞歴

今日の一言(46)エーリッヒ・フロム | ハモルのブログ引用元:https://ameblo.jp/hamorukana/entry-11788771557.html/span>

生年:1900年3月23日 

没年; 1980年3月18日 享年79歳

出生地:フランクフルト

学歴;フランクフルト大学、ハイデルベルグ大学 社会学博士号

エーリッヒ・フロムは、正統派ユダヤ人の両親のもとに、一人っ子として生まれ育ちました。

1922年、22歳で社会学の博士号を取得し、精神分析医になるために、精神分析療養所での訓練を受けました。

1926年に同じ精神医のフリーダ・ライヒマンと結婚し臨床診察を開始(1942年に離婚)。

1931年、31歳 フランクフルト大学の精神分析研究所で講師となります。

1933年にドイツでナチスが政権を掌握すると、エーリッヒ・フロムはスイス・ジュネーヴに移り、1934年にアメリカへ移住。ニューヨークのコロンビア大学、バーモント州ベニントンなどの大学で教鞭をとりました。

1949年にメキシコシティに移り、1965年までメキシコ国立自治大学で心理分析研究所に勤めます。

1962年から1974年までニューヨーク大学の精神分析学の教授を務めた後、スイスに移ります。

1980年3月18日、スイスの自宅で死去。

エーリッヒ・フロムの思想

フロムの思想の特徴は、フロイト以降の精神分析の知見を社会情勢全般に適応したところにあります。

フロムによれば、人は自分の成長と自己実現が阻まれるとき、一種の危機に陥り、人に対する攻撃性やサディズムやマゾヒズム、および権威への従属と自己の自由を否定する権威主義に向かうことになるそうです。自分自身の有機体としての生産性を実現する生活こそが、それらの危険な自由からの逃避を免れる手段だと提唱しました。

フロムは、生産的な生活と人間の幸福と成長を願う人道主義的倫理を信奉するとき、人は幸福になれるという、スピノザと同じく「幸福は徳の証である」と考えでした。

フロムは無神論者であると報告されていますが、彼は「非 神秘的な神秘主義」と表現されています。

参考:Wikiwand

エーリッヒ・フロムの本

愛するということ

[エーリッヒ・フロム, 鈴木晶]の愛するということ 新訳版

愛は技術であり、学ぶことができる――
私たち現代人は、愛に渇えつつも、現実にはエネルギーの大半を、
成功、威信、金、権力といった目標のために費やし、
愛する技術を学ぼうとはしない。
愛とは、孤独な人間が孤独を癒そうとする営みであり、
愛こそが現実の社会生活の中で、より幸福に生きるための最高の技術である。  出典:アマゾン

この本を一冊手元において、人生の中で何度も読み返してみたい本です。「愛すること」は何なのか、をその都度教えてくれる内容です。

自由からの逃走

自由であることの痛烈な孤独と責任の重さを受け止め、真に人間性の実現といえる自由を希求することなくしては、人類にとって望ましい社会は生まれない。フロムは問う。幸福を追求するために選んだ自由が果たして「本当の自由」といえるだろうか。「選ばされた自由」にごまかされてはいないか。気づかぬうちに他者に対する加害者となっている自分を許してはいないか。フロムは、個人が生きるその社会の姿を理解することなしに、自由に生きることなどありえないと語る。本書は、国家のあり方という問題に対してだけではなく、現代に生きる個人がその人生を充足させるためにはどう生きるべきかという問題に対する重要なヒントとなっている。  出典:アマゾン

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エーリッヒ・フロムの名言

たくさん持っている人が豊かなのではなく、たくさん与える人が豊かなのだ

誰かを愛するというのはたんなる激しい感情ではない。それは決意であり、決断であり、約束である。もし愛が単なる感情にすぎないとしたら、「あなたを永遠に愛します」という約束はなんの根拠もないことになる。

人生にはただ一つの意味しかない。それは生きるという行為そのものである。

愛においては、二人が一人になり、しかも二人でありつづけるというパラドックスが起きる。

こういった名言は、自分のその時の環境、状況、感情、思考によって、かなり違った意味に捉えられます。しかし何度も考え直す良い機会を与えてくれているのではないでしょうか。

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