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村上龍の息子は養子に出した御徒町凧なのか?結婚した嫁は誰?事実を調査してみた!

小説家、映画監督、脚本家の村上 龍

1953年生まれの現在66歳で、芥川賞作家。

村上春樹と共に時代を代表する作家で、時事報道や政治問題のコメンテイターとしても活躍していますね。

1976年に小説家としてデビューしてから、このようにいろいろな分野で活動している村上龍ですが、プライベートは謎に包まれています。

今回は、村上龍の家族、養子に出した息子と言われれる御徒町凧、結婚した嫁は一体誰なのかを事実を元に調査してみました。

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村上龍の息子は御徒町凧で養子に出したのか?

「御徒町凧」の画像検索結果

御徒町 凧(おかちまち かいと)は、1977年5月18日生まれの41歳

 東京都出身の詩人、作詞家。

本名は、菅原径。

森山直太朗とのユニットが有名ですね。

御徒町凧の母親は桐野夏生なのか?

この御徒町凧の母親が、小説家の桐野夏生だと言う話があります。「桐野夏生」の画像検索結果

桐野夏生は村上龍と結婚して、御徒町凧を出産したという噂になっていって、村上龍の息子ということになっているんですね。

そして、村上龍は1976年に結婚して、すぐ息子が生まれているので、息子の年齢が、42歳と、御徒町凧とほとんど同じです。

しかし、桐野夏生は確かに子供を生んでいますが、出産したのは娘で、結婚後数年立ってからできた子供です。

今は、娘も成人し、24時間を小説に使える。書き終えると夫と飲んだり、友達に会ったり。 出典:アサヒデジタル

まずここで、御徒町凧の母親は、桐生夏生ではないことは、確かですね。

村上龍は息子を養子にだしたのか?

また、御徒町凧の本名が、菅原径で、名字が村上ではないことから、養子に出された説が作られました。

この養子説は、桐野夏生が、主人公の主婦が夫も子供も顧みないという内容の、連載小説「魂萌え!」を書いていることで、私生活を混同され、養子にだした、と言われていると推測されます。

この養子に出したという噂も、桐野が母親でないとすると、デマですね。

村上龍の息子は医師?

他にも、村上龍の息子は、医師であるという説もあります。

こちらは、村上龍文という川崎大学の神経内科の医師が、村上龍と名前が似ているということだけです。

医師 村上龍文は、1960年生まれなので、1952年生まれの村上龍の子供と言うには、無理があるでしょう。

村上龍に子供がいるのか?

そもそも、村上龍には子供がいないのではないでしょうか?

同氏のエッセイの中で「僕らには子どもがいないけど云々」という記述が時々あります。

しかし、「13歳のハローワーク」の講演会で「息子は中学生のころより化学が好きで、大学にはいっても迷うことなくその道を選んだのだが、もし、好きなこともなく、どのような道に進めばいいのかと悩む子どもだったら、親としてどうアドバイスしただろうかと思ったという」と、村上が言ったという話も、ありますね。

村上龍の息子は誰か?という疑問よりも、子供が本当にいるかどうかも定かではありません。

私見では、浮名を多く流した村上龍ですから、嫡子もしくは非嫡子は、必ずいると思いますね。

村上龍の結婚した嫁は誰?

村上龍が、警備員をしてた頃、同じビルでエレクトーン奏者をしていた、高橋たづ子という女性と、1976年結婚したという項目は、多くの記事で見かけます。

1976年は「限りなく透明に近いブルー」が芥川賞を取った年ですから、学生時代から付き合っていた彼女でしょう。

また、このエレクトーン奏者の女性が桐野夏生であるとも言われています。

桐野が結婚したのは1975年ですから、似たような年です。

しかし、桐生は大学時代から、出版社の仕事をしていて、音楽関係に携わっていません。

ですから、エレクトーン奏者だったことはなく、桐生が村上と結婚したことはないでしょう。

まあ、付き合ったことぐらいはあるかもしれませんが、、、。

有力説は、やはり、高橋たづ子という名の女性と結婚したことでしょう。

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まとめ

大物作家、村上龍のプライベートは、ほとんどベールの中で、確固たる証拠をみつけていくには、村上のエッセイや記事、講演などから読み取っていく、まるで謎解きの宝探しのようです。

いつか村上龍が包み隠さず自叙伝を書いてくれるのを、楽しみに待つことにします。

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