クリムト・グスタフ(1862ー1918)は、オーストリアのウィーン分離派の画で、金箔や装飾的な文様を使って独特のスタイルを確立しました。
「水蛇Ⅰ」「水蛇Ⅱ」もその様式を使った代表的絵画の一つです。このミックスメディアで描かれた複数の裸体の女性たちは、世紀末に相応しい退廃的な官能美を漂わせ、私達を今もまだ魅了し続けています。
女性の魔物性
ミズヘビ科のヘビはインド、東南アジア、オーストラリアに分布し、色、形、生態と多様です。ヨーロッパでは、頻繁にお目にかかることはないので、クリムトの「水蛇」は神話的な意味を持つ「水妖」のミズヘビ、もしくはウミヘビでしょう。
水妖にもいろいろありますが、クリムトはオーストリアに住んでいたことから、淡水に住む水妖「ローレライ」が原型なのではないでしょうか?美しい若い女性が、その美貌と歌声で、水の中から、男性を誘って溺れされたり、船を沈めたりする魔物です。
19世紀はドナウ川の氾濫で度々洪水に悩まされていましたし、占いやジンクスを信じていることは多々あったので、美しい女性は魔力を持っていると、考えられても不思議はありません。それで、クリムトは美しい女性を「魔」として描いたのですね。
「水蛇Ⅰ」
足元に描かれた金色の揺らめく水草と、ウツボのような魚、そしてタコの足が描かれていて、この絵が水の中であることが分かります。
美しい金髪の髪をもつ二人の女性の下半身は、ヘビを形どっています。腰から下は端麗な文様が記されていまが、背後にある鱗のような文様が二人が水蛇であることを強調し、細い金色の髪と呼応しているかのようです。
仰向けに横たわっている女性は、もうひとりの女性を優しく抱き寄せ、恍惚の表情を浮かべています。抱き寄せられている女性は、仰向けの女性の胸に顔を埋めています。
この女性たちの背徳的な愛情表現は、観る人を否応なく官能の世界へ運び込んでしまうでしょう。
「水蛇Ⅱ」
アール・ヌーボ芸術の特有のほっそりとした人間の女性が数名が横たわり、ヘビの外見は描かれていません。
しかし、この絵にも単純化させた黄金の水草が画面をはい、水中であることがわかります。
透明感あふれる白い肌と、肋骨が見えんばかりの腹部であるのに、腰回りはむっちりとしている豊かな情感があります。
こちらを向いている女性の微笑みは、あたかも、私たちを画面の中に誘い込むようです。そして、この微笑みかける女性の後ろには、私達にその罪を侵させないように、じっと見つめる黒髪の顔だけの女性が描かれています。
彼女たちの囁き
「水蛇Ⅰ」と「水蛇Ⅱ」の女性たちは、冷たい水底で私達に囁きかけています。セイレーンやウエンディーヌのように、美しい声で歌って誘うのではなく、聞き取れないような小さな声で、私達に語りかけ、クスクスと笑っているかのようです。
この官能的な美と死の気配がする世界への誘惑を、あなたは拒むことができるでしょうか?