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ゴッホの子孫から切られた耳を再現!両親・兄弟姉妹、家族との関係は?

近代美術の創始者であり、20世紀の画家に大きな影響を与えた後期印象派のフィンセント・ファン・ゴッホVincent Willem van Gogh)。

ゴッホの耳切事件は有名ですが、その切られた耳を子孫のDNAから培養させ復活し、音を聞き分けることもできるのだとか。日本で見ることができる展覧会を紹介します。

ゴッホは結婚をしていなく子供もいなかったので、ゴッホの子孫というと誰のことなのでしょうか。

また生涯不遇であったゴッホは、両親や弟、家族とはどんな関係であったのか、エピソードを交えながら見ていきましょう。

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ゴッホの父親 テオドルス・ファン・ゴッホ(1822年-1885年)

「van gogh father」の画像検索結果引用元:https://www.pinterest.com/pin/

フィンセントの父親 テオドルス・ファン・ゴッホ(通称ドルス)は、オランダ南部のズンデルという村の牧師でした。

フィンセントは、幼い頃から癇癪持ちで(ADHD障害があったと思われる)、他の兄弟とは違い扱いにくい子でしたから、父親には疎まれていました。絵の才能はあり、11歳のとき、父の誕生日のために描いた『農場の家と納屋』という素描が証明しています。

Barn and Farmhouse, 1864 - Vincent van GoghBarn and Farmhouse  1864  引用元:https://www.wikiart.org/en/

フィンセントの若い頃は、何もかも最後までやり遂げることができませんでした。パリの学校を中退し、画商に勤めますが解雇され、教師や書店員など仕事を転々とします。聖職者を目指し、アムステルダムの神学校への受験勉強も途中で挫折し、ベルギーの炭坑地帯で伝道活動をします。しかし、ここでもフィンセントのいきすぎた自罰的行為のため伝道師の免許は取り上げられました。

こうして仕事を失うたびに父親に援助をしてもらっていたのですが、フィンセントの常軌を逸した言動のため、父親は精神病院へ入院させようとしました。このときから、父親とは深い溝ができ絶縁状態になりました。

フィンセント自身も父親に嫌われている理由はわかっていましたが、疎まれていたことは大きな心の痛手となっていて、自分の人生が不毛であると感じていたようです。

ゴッホの母親 アンナ・コルネリア・カルベントゥス

「van gogh mother」の画像検索結果引用元:https://www.vangoghexclusive.nl/

母親のアンナ・カルベントゥス・ファン・ゴッホは、アマチュアの水彩画家で植物や花の絵を描くのを楽しんでいたようです。アンナは子供たちと絵を一緒に描いたり観賞することも好きでした。ビンセントの初期の絵の中には、花とアザミの花束の母親のスケッチのコピーがあります。

しかし、母 アンナもフィンセントの特異な性格は受け入れられず、彼の子供時代から悩み続けていました。またフィンセントが精神病院に入ったときは、安堵しずっと入院していて欲しいと願ったそうです。

「ゴッホ エッテンの庭の記憶」の画像検索結果エッテンの庭の記憶 1888 引用元:https://chagall.co.jp/

「エッテンの庭の記憶」では老女のほう母アンナであると言われています。フィンセントはこの絵を寝室の壁に掛けていました。彼にとっては、実家のエッテンで、草花を愛でる母親を愛おしく思ったのではないでしょうか。

また、母の肖像画も背景を緑にし、誇り高い女性を表現するといった気配りも見せています。

フィンセントは威厳のある父親を恐れていましたが、母親には疎まれていると知りながら、息子として深く慕う気持ちがあったようです。

ゴッホの兄弟姉妹

フィンセントには、2人の兄弟と3人の姉妹がいる6人兄弟の長男です。

妹アンナ(1855年生)、弟テオドルス(通称テオ、1857年生)、妹エリザベス(1859年生)、妹ヴィレミーナ(通称ヴィル、1862年生)、弟コルネリス(通称コル、1867年生)。

妹 アンナ 1855〜1930

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フィンセントの2年後に生まれたアンナは、イギリスに住みフランス語を教えていました。フィンセントとは特に親しいということはなかったのですが、手紙のやり取りはありました。しかし、父親の死後からぴったり交流はなくなります。

弟 テオドロス (テオ) 1857〜1891

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フィンセントの最も親しい家族であり親友であった4歳年下の弟テオ。テオはフィンセントを経済的、精神的に支援し、彼が芸術に完全に専念できるようにしました。2人は一緒に、またはその近くに住んでいた時期もあります。長年にわたって交換した手紙は、約600通あるといわれ、その内容からフィンセントの人生について多くを知ることができます。フィンセントの死後、テオの健康状態はすぐに悪化し、わずか数か月後に1891年1月25日に死亡しました。

エリザベス 1859〜1936

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詩と散文の作家で、後年にフィンセントについての本も出版しましたが、矛盾が多く物議を醸し出しました。また夫が亡くなり4人の子供がいたので、経済的な理由で所有していたフィンセントの絵をほとんど売却しました。

妹 ヴィレミーナ (ヴィル) 1862〜1941

portretwillemien1引用元:http://thevangoghsisters.com/

生涯独身で、若い頃は母や姉たちと一緒に住んでいました。病院に勤めていたヴィルは「女性勤労全国博覧会」の運営に携わり、フェミニズムの先駆けともいえる活動をしていました。40歳のとき、総合失調症と診断され、亡くなるまで精神病院で過ごしました。妹たちの中では一番フィンセントと手紙のやり取りが多かった女性です。

弟 コルネリス (コル) 1867〜1900

ウィレミアン・ファン・ゴッホの肖像引用元:phttp://blog.vangoghgallery.com/

フィンセントより14歳も年下のコルは、兄たちが画商で働き始めたときはまだ子供だったので、芸術の世界には入りませんでした。オランダで建築関係の仕事についた後、南アフリカのヨハネスブルグで鉄道公務員として働きました。1899年の第二次ボーア戦争にボランティアとして参戦しましたが、殺害され33歳で亡くなっています。

ゴッホの子孫

フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホ 1890〜1978

「Vincent Willem van Gogh」の画像検索結果引用元:https://www.vangoghmuseum.nl/

テオの長男でフィンセントの甥です。フィンセントはテオが息子に自分と同じ「フィンセント」という名をつけたことをとても喜び、甥のために『花咲くアーモンドの木』を描きました。

「花咲くアーモンドの木 ゴッホ」の画像検索結果1890 引用元:https://www.amazon.co.jp/

甥フィンセントはわずか一歳のときに父テオを亡くし、フランス、アメリカ、日本などでエンジニアとして働きました。母親が亡くなり、フィンセントの絵画を相続し作品を世界に広めるために活動しました。ゴッホ美術館の設立に尽力し、ゴッホの手紙の編纂や出版も行いました。

ゴッホの曾孫 テオ・ファン・ゴッホ 1957〜2004

テオ・ファン・ゴッホ引用元:https://en.wikipedia.org/

弟テオの曾孫、フィンセント・ウィレムの次男の息子で映画監督でした。オランダのオスカーとも言えるGouden Kalf賞を受賞。サンフランシスコ国際映画祭においてCertificate of Meritも受賞しています。しかし、彼は論争を巻き起こすよな発言が多く訴訟もかなりの数が起こりました。イスラム社会の女性への暴力を扱った短編映画『Submission』は、イスラム社会を誤った考えで認識してるとされ、アムステルダムで過激派に殺害されました。

ゴッホの曾孫 ウィレム・ファン・ゴッホ  1953〜

引用元:http://www.hieu.eu/feature/

弟テオのひ孫にあたります。ゴッホ美術館の大使で。取締顧問です。弁護士としてキャリアを積んだ後、1​​999年にヴァン・ゴッホ美術館に入社。2009年に理事会の顧問になる前は、美術館のショップを担当していました。

切り落とされたゴッホの耳の再生

引用元:https://gigazine.net/news/

2014年、ドイツの美術館「カールスルーエ・アート・アンド・メディア・センター」で、ゴッホの切り落とされた耳が3Dプリンタを使って複製され展示されていました。

弟テオの曾曾孫、映画監督テオ・ファン・ゴッホの息子 リューウエ・ファン・ゴッホさんから提供された細胞をもとに作成され、培養軟骨を成長させたものです。このレプリカはマイクを通して話しかけることもでき、音は耳が浸されている栄養溶液を通り抜けて、展示場で放送されていました。

日本で見ることができるゴッホの再生された耳

六本木 森美術館「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命─人は明日どう生きるのか」で、ゴッホの再生された耳をみることができます。美術史上の重要人物であることから、クローン技術による倫理的な問題などを問うための展示です。

未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命─人は明日どう生きるのか

会期:2019年11月19日~2020年3月29日
会場:森美術館
住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
電話番号:03-5777-8600
開館時間:10:00〜22:00(火〜17:00)

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ゴッホの家族への悲しい執着

ゴッホの家族をみていくと、ゴッホは得られない家族の愛を常に渇望していたように思えます。

両親、姉妹からは嫌われ、弟のテオだけがゴッホを心配していました。しかし、ゴッホを見放すことなく常に彼をサポートしたテオには経済的にも精神的にも依存しきっていて、自分の感情を遠慮なくぶつけ、喜んだり、怒ったり、落ち込んだりしていました。これは、愛情の表現の一種であるとも言えますが、あまりにも激しすぎました。

ゴッホはテオでさえ自分の求める家族の愛を与えてくれないことを知っていたのではないでしょうか。

彼の不安定で不遇な一生は、すがることしかできなかった自分への深い悲しみと絶望に包まれていたと感じ得ずにはいられません。

参考:
AFP BB NEWS
Wikipedia Vincent Willem van Gogh
Wikipedia Teo van Gogh
Sebes&Bisseking Literary Agency
The VAN GOGH Gallery
Wikipedia Portrait of Artist’s mother

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