クラシック界の若きスター、異端児とも呼ばれつ反田恭平(そりた きょうへい)さん。
チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院へ首席入学し、デビュー・リサイタルでサントリーホールは満席。しかし、ピアスにロン毛ちょんまげスタイルにはストリートミュージシャンのような印象も受けます。
ここでは、反田恭平さんのプロフィール、学歴・経歴・賞歴・両親・コンサートをみていきましょう。また、反田さんがピアノを始めるきっかけはなんだったのでしょうか?
反田恭平のプロフィール 学歴・経歴・賞歴
生年月日:1994年9月1日
出身地:北海道札幌市
学歴:モスクワ音楽院、桐朋学園ソリスト・ディプロマコース、F.ショパン国立音楽大学研究科修了
居住地:ポーランド
反田さんは4歳からヤマハ音楽教室や一音会で、音楽を学び、桐朋学園大学音楽部門より奨学金を授与されて、桐朋女子高等学校音楽科に入学。
2013年 に、キャンパス特待生として桐朋学園大学音楽学部に入学。 2014年、チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院に首席で入学(日本人初の最高点)し、ヴォスクレセンスキーに師事。
2015年、サンクト=ペテルブルクの「ロシア国際音楽祭」に招待され、マリインスキー劇場管弦楽団とのコンチェルト及び、リサイタルを行いロシアデビュー。
2016年、サントリーホール大ホールでのデビュー・リサイタルは2000人の完売。
また2017年の「全国ソロリサイタル・ツアー2017」公演も完売でした。この年、ショパン国立音楽大学に入学。
2018年には自身がプロデュースしたMLM(音楽を愛する青年たち)ダブルカルテットを創設。中国(重慶)デビュー。
2019年 、MLMナショナル管弦楽団を創設。「NOVA Record」を共同事業で株式会社イープラスと設立。ソロだけでなく、新たな室内音楽に挑戦しています。
現在、F.ショパン国立音楽大学にてピオトル・パレチニに師事。
主な賞歴
- 2008年 – 第18回日本クラシック音楽コンクール 最高位。
- 2009年 – 第2回エレーナ・リヒテル国際ピアノコンクール 第1位。第16回全日本ジュニアクラシック音楽コンクール 第1位。第63回全日本学生音楽コンクール中学校の部 第2位。
- 2010年
- 第11回ショパン国際ピアノコンクールin Asia 中学生部門 ファイナルにて銀賞。
- 桐朋学園大学音楽部門よりピアノ・コンチェルト・オーディションで第1位
- 2012年 第81回日本音楽コンクール第1位。野村賞、井口賞、河合賞、岩谷賞(聴衆賞)を受賞。
- 2015年 第25回チッタ・ディ・カントゥ国際ピアノ協奏曲コンクール古典派部門 優勝。
- 2017年
- 4月、佐渡裕指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団特別演奏会の全国12公演のソリストを務め全公演完売の中、各地でセンセーションを巻き起こす。
- 6月、NHK/NHK交響楽団主催「Music Tomorrow 2017」にてNHK交響楽団と日本初演作品に取り組み話題となる。
- 7月-9月、自身初となる全国リサイタル・ツアーは全13公演完売の中終了した。
反田恭平の家族 父親・母親
反田さんの両親は音楽家ではありません。
父親は会社員で、ピアニストになることを反対していました。ショパンを聞いても「汚い曲だ」と感じるような方でした。
音楽高校に行きたいのなら、コンクールで1位を取らなければ行かせない、というぐらい音楽の道に進むのを嫌がっていたそうです。音楽に全く興味のない方なのかもしれません。そういうわけで、父親とあまり親交はないようです。
母親は主婦で、クラシックが好きでした。電子ピアノを買ってきて「ミッキーマウス」を弾いてくれたそうです。反田さんはその音をその場で覚えて、すぐに弾けたことから、4歳のときに音楽教室に通うようになったそうです。
また反田さんは小学校の時、元気がありすぎ、あまりにも動き回るので、サッカーチームに入れてくれたのも母親でした。
父親は息子を自分の理想通りに育てたい、母親はいろいろなことをやらせたい、という家庭で育ったのですね。しかし、驚くべきことは音楽家の両親のもとに育ったのではないということです。自分の力のみで、最高の教育を受けてきたという反田さんの努力には頭が下がります。
反田恭平のコンサート
2台ピアノコンサートツアー2020
出演:反田恭平・務川慧悟
日時:6/20(土)
会場:日立システムズホール仙台 コンサートホール
日時:6/23(火)
会場:秋田・アトリオン音楽ホール
日時:6/24(水)
会場:岩手県民会館 中ホール
日時:6/25(木)
会場:山形テルサ テルサホール
日時:6/26(金)
会場:福島市音楽堂
日時:7/1(水)、 7/2(木)
会場:浜離宮朝日ホール
7月以降は、MLMナショナル管弦楽団のコンサートがあります。詳細は反田恭平オフィシャルサイト で御覧ください。
反田恭平がピアノをはじめたきっかけは
絶対音感があり音楽が好きだった反田さんですが、小学校のときはサッカー選手になりたかったそうです。
しかし、試合中に手首を骨折してしまいその後の治療もとても痛く、「痛い思いをしない職業」ということで、音楽を選んだそうです。本格的に音楽家になる勉強をし始めたのは12歳のときですから、平均からいえば遅いほうです。それに、ピアニストは手が命。料理、洗濯など一切家事をしないで手を守るピアニストもいるぐらいですので、骨折経験のあるのも意外な一面です。
またなぜピアノを選んだかというと、11歳のときに指揮をするワークショップに参加したことがきっかけです。演奏後に、マエストロに「どうすれば指揮者になれるのか」と訪ねたところ「まずはピアノ。ひとつの楽器を極めなさい」と言われたことです。すでにこのとき、反田さんは、「すっと指揮棒を振り下ろしたら、大音圧を体で感じるのと同時に何十色もの音が見えた! 」と語っていましたから、驚くべき音楽の資質です。
またピアノを続けられた理由は、当時好きだった芸能人がピアノの先生にそっくりだったこともあるとか。子供らしく可愛いいですね。
それから、音楽高校へ行くためにコンクールで多くの賞をとり、大学は奨学金でいくなど、血のにじむような努力をしています。時代の寵児、若きスーパースターなどとマスコミでは騒がれていますが、水面下の練習は並々ならぬものでしょう。
一度きりの人生を、誰に嫌われようが好きなことをやっていきたい、生きてる実感を得られるものが音楽である反田恭平さん。これからの益々のご活躍を期待しています。