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「夏服を着た女たち」アーウィン・ショー 感想とあらすじ

引用元:artvee.com

  初夏になると必ず読む本のひとつに、アーウィン・ショーの『夏服を着た女たち』があります。この本は1939年に雑誌「The New Yorker」に載った短編小説で、何人もの人たちに和訳されていますので、ご存知の方も多いと思います。

 ストーリーの季節は11月でありながら、

“and when the warm weather comes, the girls in their summer dresses …”

という一言で、私たちを初夏に瞬間移動させます。そして、新緑が眩しい街路樹のある歩道を、数人の夏服を着た女性たちがそばを通り過ぎるのを感じる気がします。きっと振り向いてしまうほど彼女たちに魅了されるでしょう。

 この何十年たっても愛されている小説を、少し現代風に、そして私の想像も含めて書いてみました。

夏服を着た女たち

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プロローグ

 

 二人がブレヴォートの自宅を出てワシントン・スクエア・パークに向かっているとき、5番街にはサンサンと陽が注いでいた。11月にしては暖かく、すべてが日曜日の朝らしかった。 行き交うバス、教会へいくために正装した人たち、窓を閉ざしている静かな建物・・・。

 フランセスはマイケルの腕をしっかりと握り、明るいアスファルトの歩道を歩いていた。今日が日曜日であるので、彼らは昨晩夜ふかしをした。今朝はゆっくりと起き、美味しい朝食を食べ、散歩に出かけることにした。二人の足取りは軽く、微笑みを浮かべている。マイケルのチェスターコートはボタンが閉められていず、微風にヒラヒラと舞っている。

 「気をつけて!」エイト・ストリートを渡ったとき、フランセスは言った。「あなた、首の骨おっちゃうわよ」

 マイケルは笑い、フランセスも一緒に笑った。

 「彼女はそんなに美人じゃないわよ」とフランセスは言う。「だからそんな美人じゃない子に見とれて、首の骨をおることないんじゃない?」

 マイケルは前より大きな声で笑ったが、楽しそうではなかった。「彼女はそんなに悪くないよ。顔のツヤが良かった。カントリーガールって感じでさ。どうして僕が彼女を見てるってわかったの?」

 フランセスは小首をかしげ、帽子のひさしの下から夫に微笑みかけた。「マイク、あなたったら・・・」

 マイケルはまた笑ったが、今度は少しだけで「そうだね」と言った。「わかってたんだ。ごめんよ。彼女の肌だったんだ。このニューヨークではあまり見かけない肌の色だったんでね。悪かったよ」

 フランセスは軽く彼の腕を叩き、ワシントン・スクエアに向かって少し急かすようにして夫を歩かせた。

日曜日の予定

 二人は中央の噴水を通り過ぎ、色づいてきた木々の小道をゆっくりと歩く。

 「いい朝ね。素晴らしい朝だわ。私、あなたと朝食を食べると一日中ずっといい気分でいられるの」

 「朝のビタミン剤かい?ダンナと一緒のロールパンとカフェ・オ・レは君の体を保証付きのアルカリ性に変えるってわけだ」

 「そういうこと。それに昨日はロープみたいにあなたに絡まって、一晩中寝ていられたわ」

 「一週間の仕事が終わったときぐらい、そんな自由も許可するよ」

 「あなた、最近太ってきたわよ」

 「本当かい?僕はオハイオ出身の痩せこけた男だぜ」

 「太ったとこも好き。3キロ太った私のダンナ様」

 「僕も太った自分が好きさ」とマイケルは真顔で言った。

 「私、いい考えがあるの」フランセスは彼の顔を覗き込む。

 「僕の奥さんは良い考えがある。この可愛い人が」

 「今日は一日、誰にも会わないでいましょうよ。二人で楽しむの。あなたと私だけで。私たちって休みの日はいつも人のご機嫌を伺って、誰かの家でご自慢のスコッチを飲んでるじゃない?そうじゃなければ、私達の家につまらない人たちを呼んで同じことをしている。休日なのに二人でいられるのはベッドの中だけ・・・」

 「そりゃあ、いい場所だよ。君がベッドにずっと寝ていたら、君の知り合いはみんな訪ねてくるからね」

 「なによ、私、真面目にいってるのよ」

 「わかったよ。真面目に聞くよ」

 「私は一日中、私のダンナ様と一緒にいたいわ。そして私にだけ話しかけて、私の言っていることだけを聞くの」

 「誰か僕たちの邪魔するの?どんな人たちが日曜日に、僕の奥さんと一緒にいるのを嫌がるの?誰のこと?」

 「スティーブンソン夫妻よ。1時頃来いっていうのよ。それで田舎をドライブしようって」

 「ああ、あのやかましいスティーブンソンか。見え透いてるよな。なんで僕たちなんだよ。ドライブしたけりゃ、自分たちで行けばいいのに。僕の奥さんと僕はニューヨークに残って、嫌というほどべったり一緒にいるさ」

 「それって、デイトってこと?」

 「デイトさ」

 フランシスはマイケルに寄りかかり、耳たぶにキスした。

 「私が計画をたてるわ。日曜日のニューヨーク、若い二人は思いっきりお金を使うの」

 「お手柔らかに」

 「まずはフットボールを見に行きましょう。もちろんプロのよ」

 フランシスはマイケルがフットボールの試合を見るのが好きだと知っていた。

 「ジャイアンツのゲームがあるわ。外で一日過ごすのも悪くないわよね。そしてお腹がすいたら、キャバナのお店に行って、鍛冶屋の前掛けぐらいあるステーキを食べて、ワインを開けるの。その後はフィルマート館でフランス映画を観て、みんながね、、、、ねえ、聞いてるの?」

 「もちろん、聞いてるさ」マイケルは今すれ違った女性から目を離した。彼女は帽子をかぶっていず、ヘルメットみたいな黒髪で、ダンサー特有の自信をみせていた。コートは着ていなく、現実的で強い意志を持っているように見え、お腹は少年のようにペタンコだった。腰を揺らしながら歩いていたのはマイケルが見ていると知っていたからだ。彼女はすれ違いざまに自己満足の様な微笑みを薄っすらと浮かべた。そしてマイケルは妻に視線を戻す前に、そういったことを全て見ていたのだ。

 「僕たちはジャイアンツを観戦して、ステーキを食べて、フランス映画を観る。どうだい?そうだろ?」

 「そうよ」フランシスは不機嫌を隠さなかった。「それが今日の私達の予定よ。それともあなたは五番街を歩いたほうがいいのかしら?」

 「いや、それ以外ないさ」マイケルは用心深く言った。

 「あなたはいつも他の女性を見ているのね。ニューヨークのつまらない女たちを」

 「何言ってるんだい。可愛い子ならちょっとだけ見るさ。それにニューヨークに何人素敵な女性がいる?17人?」

 「もっとよ。少なくともあなたはそう思っているわ。どこに行ったって見てるわ」

 「違うよ。街ですれ違った女性なら、まあ、たまには見るのは認めるよ」

 「どこでもよ。どんな場所でも。レストラン、地下鉄、映画館、講演会、コンサート、、、、」

 「おいおい、どうしたんだ?僕は何でも見るさ。この与えられた2つの眼で、女も男も地下鉄の工事も映画も、それに野に咲く小さな花だって。この世界のすべてを漫然と観察してるんだよ」

 「自分の眼付きを知るべきよ。5番街の世界を漫然と観察しているときのね」

 「僕は幸せな妻帯者だぜ」マイケルは自分が何をしているか分かっていながら、妻の肘をやさしく押した。おどけていれば、妻の不機嫌は治ると思ったからだ。 「マイク・ルーミス夫妻は20世紀の良い夫婦の見本だと思うけどね」

 「本気でそう思ってるの?」

 「フランシス、ねえ・・・」マイケルはこの清々しい日曜日の朝に暗雲が立ち込めていく予感がした。

諍い

 「あなたはこの結婚生活が本当に幸せなの?」

 「もちろんだよ。なんでそんなことを言い出すんだい?」

 「知りたいからよ」フランシスは無表情で真っ直ぐ前を向き早足で歩いた。口論するときや気分が沈んでいるときに、彼女がいつもすることだ。

 マイケルは少々面倒くさいと思いながらも顔には出さないでいる。「僕は素晴らしく幸せな結婚生活を送ってるよ。ニューヨーク州の15歳から60歳までの男どもが羨ましがるほどにね」

 フランセスは彼のつまらない冗談に苛立ちを感じる。

「僕には素敵な家がある。たくさんのいい本があるし、質の良い音楽も聴ける。それに友達だっていい奴ばかりさ。好きな街に住み、好きなように暮らして、好きな仕事をして、好きな女性と一緒にいる。何かいいことがあれば真っ先に君に知らせるし、もし嫌なことがあれば君の肩にすがって泣くと思うよ」

「そうね、そうかもね。でもあなたはすれ違った女性を必ず見るわ」

「そりゃあ、大げさだよ」

「どんな女でも見てるわよ」フランセスはマイケルの腕を振り払うように離した。「美人じゃなかったら、ちょっと見るだけ。ごく普通の女性なら七歩ぐらいは見とれているわ」

「よせよ、フランシス」

「もし、美人なら本当に首の骨が折れるわ」

二人の間に少しの沈黙があった。

 「ねえ、少し飲まない?」マイケルは足を止めた。

 「朝ごはんを食べたばかりよ」

マイクは言葉を選んで慎重に話す。「ねえ、フランシス。今日は休日で、二人ともいい気分だよね。こんな日をぶち壊す必要はないじゃないか。素敵な日曜日を過ごそうよ」

 「私だって楽しい日曜日を過ごしたいわよ。あなたが必死になって5番街のスカートを追っかけなければね」

 「一杯飲もうよ」

 「飲みたくないわ」

 「どうしたいの?喧嘩がしたいわけ?」

 「違うわ。喧嘩がしたいわけじゃない。どうしてこんなことを言い出したか、自分でもわからないの。そうよね。こんな話は止めにして楽しい日にしましょう」

 フランシスが悲しい顔でそう言い、マイケルは頷いた。

修復

 

 二人はするべきことをするように手をつないで、公園の小道を歩いた。フランセスの栗色も巻き毛は、ハーフコートの上で揺れている。ベビーカーや、日曜日らしくおしゃれをしているイタリア人の老人たちや、スコッチ・テリアを連れた若い女性の間を通り過ぎる。

 「今日のジャイアンツ、いい試合を見せてくれるといいわね」フランシスは家を出たときの明るい口調に戻した。「プロのフットボールは好きよ。選手たちはコンクリートでできてるみたいにぶつかり合うでしょ。それで芝生に穴ができちゃうとこなんて、もう最高よね」マイケルを笑わせようとしておどけて言ってみる。

 「君に言いたいことがあるんだ」マイケルは真顔になった。「僕は君と結婚してからの5年間、一度も浮気をしたことはないよ」

 「ふうん」

 「信じてくれるよね?」

 「・・・・・」

 小さな公園の木陰のベンチはどこにも空きがなかった。

 「気が付かないふりをしていたのよ」フランセスは独り言のように言った。「深い意味はないって自分に言い聞かせていたわ。男の人って結婚して失ってしまったものを追いかけたいこともあるでしょ」

 「女性だってそうなんじゃない?僕はそういうご婦人を数人知ってるよ」

 「私はあなたと2回めのデートの時から、一度も他の男性を見たことはないわ」

 フランシスは真っ直ぐに前だけを見て歩いている。

 「付き合っていたら、他の異性を見ちゃいけないなんていう法律はないよ」

 「あなたがすれ違う女性を見るとき、胃が押しつぶされそうになるのよ。あなたの女性に向ける視線が、私と初めて会った時と同じだから。あの時私はアリス・マックスウェルの家で緑の帽子を被って、居間の暖炉のそばに立っていたわ。大勢の人たちと一緒にいたのに、あなたは真っすぐ私のところに来たわよね。」

 「覚えているよ」

 「あの時と同じ視線を他の女性に向けているのよ!耐えられないわ」

 フランシスの顔はまだ真っすぐ前を向いていたが、声は震え、つないだ手を乱暴に振り払い拳を握りしめていた。

 「シッー。フランシス、落ち着いて」

 マイケルは自分たちが公園にいる人たちに注目されているのを感じ、あせりながら、彼女の肩に手をまわし、力強く抱いた。

 「・・・お酒が飲みたいわ」

衷心

 

 二人は何も言わずにエイト・ストリートにあるバーに向かった。

途中で道路を渡るときは、マイケルはいつも通り、フランセスが安全に渡れるようにタイミングを計った。彼はコートのボタンをはめ、まじまじと自分のよく磨かれた黒褐色の靴を見た後、バーのドアを押した。二人は日差しの差し込む窓際の席に座った。そばの小さな暖炉から暖かい空気が足元に流れてくる。小柄な日本人のウエイターが来て、プレッツェルをテーブルの上に置き、愛想良く微笑みかけた。

 「朝食の後には何がふさわしいかな?」とマイケルが聞くと

 「ブランデーかしら」とフランセスが答えた。

 「じゃあ、クルボアジェ、クルボアジェをふたつ」

 

 日曜日の明るい陽射しが差し込む中、二人はブランデーのグラスに口をつけた。マイケルは半分を飲み終えると、舌を湿らす程度にチェイサーを含んだ。テーブルの上で両肘を組み、フランセスのグラスを見ながら話し始めた。

 「確かに僕は女性を見るよ。それがいいとか悪いとかじゃなく、もし僕がすれ違う女性を見なかったら、君を騙していることになる。そして僕自身もね」

 「あなたはすれ違うどの女性も、自分のものにしたいっていう目つきをしてるのよ」フランシスは、薄いピンク色のマニュキュアをつけた血の気のない指先で、ブランデーグラスを撫でている。

 「見方によれば、、、ある意味、そうだね。手を出したことなんて一度もないけど、それが素直な気持ちだね」マイケルは窓の景色に視線を移し、静かに言った。
 「わかっていたわ。だから下腹に鉛が入っているような気分になるのよ」

 「ブランデーを、ブランデーをもう2杯」マイケルはウエイターを呼んだ。

 「どうして私を傷つけるの?あなたは一体何をしているの?」フランシスは自分の感情を精一杯押し殺して、夫の青い瞳を見つめた。

 マイケルは軽いため息をつき、暖炉の火からの乾いた空気のため、両目を指先で数回なでた。

 「僕は女性を見るのが好きなんだよ。ニューヨークの気に入っていることのひとつは、女性がたくさんいることさ。初めでオハイオからニューヨークに来た時、どこに行っても素敵な女性ばかりだって感じて、あちこち歩き回ったもんだよ」

 「子供ね。ティーンエージャーみたい」

 「そうかな。僕はもう若くない。もうすぐ34になる。お腹には肉がついてきて中年になりつつある。でもね、僕は午後3時に、五番街のイースト・フィフス・ストリートからフィフィティセブン・ストリートまで歩くのが好きなんだ。その時間は世界中のすべての人達がそこへ集まって買い物をしているようだよ。僕もその中に混じって、ブランドの服を着て買い物をしている気分になるんだ。そして、そこには豪華な毛皮や高級なドレスに身を包み、最高の女達がいる。彼女たちはお金を使いまくって、それがなんでもないかのように通り過ぎる人たちの視線を無視している」

 ウエイターが来て、先ほどと変わらぬ満面の微笑みを浮かべて、グラスを置いた。

 「なにか他にございますか?」

 「いや、十分だよ」マイケルも微笑みながら答えた。

 「豪華な毛皮を着ていたり、高級な帽子を被っている女性なら、、、、」

 「いや、違うよ。毛皮や帽子に惹かれるわけじゃない。わかるかな」

 「知りたいわ」

 「僕はオフィスで働く女性が好きだ。眼鏡をかけていて、機転が利いて、元気がいい。彼女たちは自分のことは何でも自分でできて、魅力的だ」

 日曜日のビルの合間から見える水色の空。時刻はもうすぐ正午だ。

 「ランチタイムにフォーティフォー・ストリートにいる売れない女優たちも好きだな。用事もないのに目いっぱいおしゃれして、サーディの周りで映画監督やプロデューサーの目に留まろうとしている。見たくれのいい男と話して、若さを保ち自己顕示欲だけで生きている傲慢な輝きがある。メイシーの店員も好きさ。僕が男なものだから、女性客をほったらかして、靴下や本やCDを勧めてくる。ちやほやされれば、その気になる。僕は十年もこんな感情を心のなかに持っている。まあ、君が聞いたから話したわけだけど」

 「続けて、他には?」フランシスはこの先マイケルの話を聞きたいのか、聞きたくないのかわからなくなっていた。

 「ニューヨークって、ありとあらゆる女性がいるよ。ユダヤ人、イタリア人、アイルランド人、ポーランド人、中国人、ドイツ人、アフリカ人、スペイン人、ロシア人、まるで街の中でパレードしているみたいだ。ニューヨークの男が全て、僕と同じ気持ちになるかどうかはわからないけど、僕としてはまるでテーマパークにいるみたいに、ウキウキするよ。例えば、劇場でご婦人の隣に座るのも好きだね。彼女たちは半日もかけて自分を完璧に着飾って来るよ。この日のためにつけた高価なトワレにはうっとりするね。それから寒い中、フットボールを見に来る女の子たち。ほっぺを赤くしてさ。健康的で愛くるしい。そして、暖かくなると、、、5月の夏服の女たち・・・・」マイケルは自分の話に酔ったようにゆっくりと二杯目のグラスをあけた。「そういうことだよ。聞きたかったんだろ?だから僕は女性を見ることは止められないね。彼女たちが愛おしいんだ」

「いろんな女と寝たいわけね」フランシスは聞いてはいけない言葉をつぶやいた。

「ああ、そうだよ」マイケルは遠慮なく冷徹に答える。「君がこの話を持ち出したんだから、僕はちゃんと話さないとね」

 フランシスは残りのブランデーを一息に飲み干して、まじまじとマイケルを見る。「私のことを愛してないの?」

 「愛してるよ。でもほかの女性も気になるんだ」

 「私は人並みに綺麗よ」

 「君はとっても綺麗だよ」

 「私は良い妻よ。家事もちゃんとやるし、あなたの良い友人でもあるわ。あなたのためなら、どんな馬鹿げたことでもするのよ」

 「わかってるよ」マイケルは彼女の腕にそっと左手を置いた。

 「離婚したいのね。あなたは自由になりたいんでしょ、、、、」

 フランシスの声は上擦っている。さっきのブランデーが肺に入り込んだように呼吸が浅くなり、胸が熱い。彼女の琥珀色の瞳からは今にも涙があふれそうだ。

 「フランシス、ねえ・・・・」

 「本当のことが知りたいの。本当のあなたの気持ちが」

 フランシスはマイケルの手から逃れるように、自分の右腕をテーブルの下に移した。

 「わかった。時々、僕は自由になりたいとおもうよ」

 「時々?いつもでしょ!」

 フランシスはこみ上げる激情をおさえきることはできず、テーブルを叩いてしまった。マイケルはサッと彼女の隣に移り「馬鹿なことをいうんじゃないよ」とやさしく彼女の太腿を撫でた。

 フランシスはハンカチで涙を拭きながら、「いつか、いつか、あなたは、行ってしまうんだわ」と、とぎれとぎれに言う。涙はとどまるところをしらないように流れているが、マイケルは何も言わない。彼は静かに自分の席に戻ると、フランシスの顔ではなく、レモンの皮を剝いているバーテンダーをぼんやり眺めた。

 「そうなんでしょ、いつか私と別れたいんでしょ」今度はフランシスが話しをつづけてしまう。

 「そんなことないよ、そんなことわからないよ」

 「嘘。あなたにはわかっているはず」

 「・・・・ああ、そうだろうね、そうだよ」

 フランシスはもう泣いていなかった。ハンカチをバッグにしまうと頭をあげ、無機質な声で言った。

 「一つだけお願いがあるの」

 「なに?」

 「ほかの女性のことをすごく可愛い人だとか口にださないでほしいの。素敵な瞳とか、魅力的な胸とか、しなやかな指とか、セクシーな声とか、ね。 言われても、私、興味ないから」

 「わかった。もう言わないよ。自分の胸にしまっておく」

 マイケルは目くばせでウエイターを呼び、ブランデーをもう一杯注文した。

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エピローグ

 

 「私もいただきたいわ」

 「じゃあ、もう2杯頼むよ」

 「かしこまりました」

 フランシスは冷めきった表情のまま、マイケルに聞いた。

 「スティーブンソン夫妻に電話をかけて欲しいんでしょ? 田舎はいいものね」

 「ああ、頼むよ」

 フランセスは電話をするために、店の入り口のほうへ歩いていく。薄柿色のローヒールが、古い床板にコツコツと響く。マイケルはその後ろ姿をみて、「なんて可愛いらしい人なんだろう。なんて素敵な足なんだろう」と思わずにはいられなかった。

 

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