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藤田弓子と河野洋の伊豆の自宅は?両親、兄弟、子供、家族について。

60年ちかくの女優歴をもつ藤田弓子(ふじた ゆみこ 1945年生まれ)さんと放送作家の河野洋(こうの ひろし 1939年生まれ)さん。

お二人は1984年に結婚して、伊豆に住んでおられます。

ここでは藤田弓子さんと河野洋さんの自宅や家族のエピソード、祖父、両親、兄弟、子供について見ていきましょう。

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藤田弓子の祖父 父親 母親

1945年9月12日、藤田弓子さんは東京都目黒区自由が丘の邸宅で生まれます。

祖父は不二サッシ創業者の佐野友二(さの ともじ)さん。

佐野友二 1910-1987 昭和時代後期の経営者。
明治43年2月27日生まれ。昭和24年不二サッシ製作所(現不二サッシ)社長となる。32年アメリカから製造技術を導入してアルミサッシを日本で最初に生産し,急成長をとげる。オイルショックで経営が悪化して53年粉飾決算が表面化。57年証券取引法違反などで有罪判決をうけた。昭和62年9月27日死去。77歳。出典:コトバンク

跡取り息子だった父親だったのですが、戦後処理の激務がたたって、結核を患い33歳という若さで、亡くなってしまいました。弓子さんが3歳のときです。ですから、父親との思い出はほとんど覚えていないそうです。

母親は当時25歳でしたが、邸宅が祖父の会社名義になっていたので3年後には弓子さんを連れて家を出ました。弓子さんは兄弟姉妹がいない一人っ子です。下町の借家に住み、会社員として働いて女手ひとつで弓子さんを育てたのです。

母親とはとても仲がよく、休みの日には映画館へ一緒に行って、何本も映画が見ていたそうです。弓子さんが、小学5年から『赤胴鈴之助』に出演したときから、ずっと女優業を支えてきた人でした。72歳のとき、心臓病で亡くなりました。

今は弓子さんが建てた 新潟の高田にある藤田一族の菩提寺のお墓で、両親が一緒に眠っています。

藤田弓子の夫  河野洋と子供

藤田弓子と河野洋が夫婦で登場! 見知らぬ土地で暮らすコツ、高齢者夫婦の生活の知恵を紹介 『徹子の部屋』 - music.jpニュース引用元:https://torendo-ebacyan.com/haiyu-jyoyu/10804/

藤田弓子さん39歳、河野洋さん45歳のときに、二人は結婚されています。

河野さんは藤田さんの大ファンで、二人共お酒が大好き。気が合う飲み仲間として交際が始まりました。

河野さんは放送作家で、テレビの黎明期から『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』や『シャボン玉ホリデー』などの番組にかかわってきたとのこと。コントを得意としていて、喜劇が大好きで、趣味はゴルフ、釣り、ダイビングだそうです。

お二人はすでに終活を始めているそうで、2019年には河野さんの80歳の誕生日祝うとともに、70名の招待客と楽しく生前葬もしました。

藤田弓子さんと河野洋さんとの間に子供はおりません。河野さんは再婚ですので、前妻との間に、娘が二人います。

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藤田弓子と河野洋の自宅

お二人は、東京に仕事用のマンションを持っていますが、30年近く前から静岡県の伊豆の国市に住んでいます。

富士山のよく見える景色のいい場所に、暖炉やサウナなど完備している邸宅です。

また藤田さんは、伊豆国市の劇団「いず夢」の主催もしています。

最初は町民オペラに出演したのがきっかけですが、地域の活性化を図って劇団を立ち上げたそうです。河野さんが脚本を書くことが多く、夫婦で一緒に活動しています。アマチュア劇団でありながら、プロの指導者がいる珍しい形態です。

劇団のメンバーは70名ほどいて、密に接しており冬場の雪かきや、車の運転、整備などもやってくれるそうで、まるで家族のようです。

より多くの人と付き合って、好奇心旺盛に最後まで生きたいと語っている藤田さんと河野さんにとって、素晴らしい環境なのではないでしょうか。

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