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高田聖子の元夫や子供、家族について。父親は法隆寺の僧侶高田良信。

奈良県出身の女優 高田 聖子(たかだ しょうこ、1967年7月28日 – )さん。

高校時代からにNHK放送劇団に入団し、大阪芸術大学芸術学部入学後、古田新太さんにスカウトされ劇団☆新感線に入団しました。

自らプロデュースした「月影十番勝負」では1995年から11年間に10本の作品を上演し、ドラマにも多く出演なさっています。

ここでは、高田聖子さん家族について見ていきましょう。結婚した元夫や子供、父親はどんな人たちなのでしょうか?

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高田聖子の元夫 高杉亘

高田さんは、3歳年上の俳優の高杉亘(たかすぎ こう)さんと2003年12月 – 2006年4月まで結婚していました。

引用元:https://gensun.org/pid/126439

高杉さんは、松田優作さんを想起させる体躯や低音のボイスで、『踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル』で、草壁中隊長役が当たり役となり、人気が出ました。

二人は1998年ドラマで共演したことをきっかけに同棲を始め、5年後に結婚。しかし、お互いの性格の不一致のため、結婚生活は3年間で終止符を打ちました。

その後、高杉さんは12歳年下の一般女性と結婚しています。

高田さんと高杉さんは離婚後も、友人として付き合っていて、関係は良好のようです。

高田聖子の子供

高田さんと高杉さんの間に子供はいません。高田さんは離婚後は再婚していませんので、子供はいません。

子供がいないのなら、可愛いペットを飼っているのかも?と思いましたが、頻繁にあげているご自身のブログにも、特にペットのことは書かれていないので、一人の生活を満喫しているのかもしれませんね。

高田聖子の父親 高田良信

高田聖子さんの父親は、「法隆寺学」をライフワークとしていた、高田 良信(たかだ りょうしん、)さんで、聖徳宗の僧侶(法隆寺長老)・仏教学者・歴史学者でした。(1941年2月22日 – 2017年4月26日 享年76歳)

引用元:https://www.sankei.com/west/news/170429/

高田良信さんの経歴は、1953年、聖徳宗法隆寺に入寺。1954年得度し、1965年、龍谷大学大学院修士課程修了。法隆寺文化財保存事務所所長・法隆寺執事・執事長、法起寺住職を歴任し、法隆寺128世管主・聖徳宗第5代管長に就任。百済観音堂の落成を機に退任し、法隆寺長老、法隆寺實相院住職を務めました。

出典:ウキペディア

法隆寺学とは

法隆寺などの奈良仏教は祈祷が第一で、檀家はなく、お葬式にはかかわらないので、高田良信さんも、仏教のお話を語ることはほとんどありませんでした。良信さんは、法隆寺の歴史を徹底的に調べ上げ、古代史や考古学の学者たちとの論争にも積極的に行い、「法隆寺学」を提唱し、さまざまな謎を解き明かそうとしていたのです。法隆寺に関しての著書を多数出版されています。

引用元:https://www.yuzankaku.co.jp/products/

実家は法隆寺の境内の中にあって(お坊さんたちの住居がある)、子供の頃の遊び場は境内だったそうです。

父親が僧侶だったからといって、聖子さんも熱心な仏教徒というわけではなく、年末には普通にクリスマスも家族で楽しんだとか。

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高田聖子の現在の活動

2019年、舞台では、夏秋公演いのうえ歌舞伎 「けむりの軍団」、月影番外地その6「あれよとサニーは死んだのさ」、愛のレキシアター「ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ」に出演。

2020年5月からは、『母を逃がす』が シアターコクーンで上演予定。

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