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上田薫(画家)wikiプロフィール、作品、画集を紹介!スーパーリアリズムはイカサマ?

スーパーリアリズムの画家、上田薫(うえだ かおる)。

本記事では、上田薫のwikiプロフィール、経歴、作品、画集をまとめて紹介します。

上田氏は、スーパーリアリズムはいかさまだといいますが、その理由はなんででしょうか?

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上田薫のwikiプロフィール、経歴

「上田薫」の画像検索結果

上田 薫(うえだ かおる)1928(昭和3)年生まれ 90歳。

  • 洋画家
  • 東京都生まれ
  • 現在 鎌倉市在住
  • 東京大学芸術部油絵科 卒
  • 1956(昭和31)年MMG社ポスター国際コンクール国際大賞受賞。
  • 1975(昭和50)年第11回現代日本美術展東京国立近代美術館賞受賞、第10回ジャパン・アート・フェスティバル優秀賞受賞。
  • 1976(昭和51)年第12回現代日本美術展群馬県立近代美術館賞受賞。

デザイン会社の社長や茨城大学の教授も務めたことがあります。

上田氏は、幼稚園のころ、海軍の士官だった大おじから、外国の絵本をもらったことから、絵に興味を持ち始めました。

その挿絵の子犬とか子猫が、もう手でなでてやりたいような質感で描かれていたそうです。日本の絵本とは、立体感や質感が全く違うので、大ショックで、感動したそうです。

上田家は軍人の家系で、絵を描いていると父親に怒られたようです。しかし、大学の医学部を受けて失敗して、そのころ美術史家の富永惣一先生と出会ったのが、画家になる大きなきっかけになりました。それで、東京芸術大に進んだとか。

1954年に芸大を出た後は、抽象的な絵を手がけて、スーラージュやアルトゥングに影響を受けていて、書のような強い黒い線の作品を作っていたそうです。

1956年には、MGM映画のポスター国際コンクールでグランプリをとられました。

 そのときは、賞金額に惹かれて応募したら、グランプリになってしまったと上田氏入っています。芸術性の追求より経済的なことが当時は大事だったようですねw.

それで、デザインの仕事がどんどんやってきて、いきなりデザイン事務所の社長になってしまったとか。

商業デザインでは、日立製作所の創立50周年のプロモーションのデザインを全部てがけました。

日立の海から日が昇るところとか、全国の工場とかに、カメラマンと出かけましたて、写真を撮ることが身近になり、現在の作品作りの土台になっています。

上田氏は、もともとデザインが好きなわけでもなかったので、会社では、プレゼンテーション用のイラストとかで、あとは所員に任せていましたそうです。事務所は10年ぐらいやって社員に譲って、1人で画家の道に入ったそうです。

上田薫 スーパーリアリズムの作品

上田氏の作品は写真じゃないのが信じられないぐらい、精密で非常に美しいのです。

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オブジェを写真にとってキャンバスに転写するわけですが、まだデジカメがなかった時代で、この作品を制作していたとは、かなりの手間と技術が必要だったでしょう。

実物とそっくりに描く日常のものなのですが、こういった作品を観ると、写真と違って、モチーフ自体の意味や哲学的な思考がはたらいてしまいますね。

上田薫の画集は?

「上田薫画集」 6480円

スーパーリアリズムで知られる画家・上田薫の全貌を紹介する初の本格画集。 
国内のパブリックコレクション約30館、約70点を含む251点を掲載。 

スーパーリアリズムはイカサマなのか?

上田氏は抽象画をやっていて行き詰まることがあって、リアリズムの絵を描いたそうです。

そうすると頭の中が空っぽになったそうです。しかし、もし、貝が描きたのなら、重力に支配された貝じゃなくて、貝だけを描けばいいと感じ、今の形になっっていったそうです。

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上田氏の絵はスーパーリアリズムと言われますが、当人は、リアルじゃなく抽象絵画と言っています。

生卵が割れて、中から黄身や白身が落ちている瞬間を描いたシリーズがありますが、そんな瞬間は、誰にも見えません。

作品を描くための撮影のときは、卵を100個も200個も割って、白身に、窓枠とかいろんなものが映り込むようにしています。また、シャボン玉やゼリーなどでも同じです。

写真を撮るときから創作しているわけですから、現実に存在するものを本物のように描くリアリズムとは大変違うそうです。

絵空事っていう言葉がある通り、絵は人間の錯覚を利用した、いかさまなんですよ」

確かに、本物そっくりに描かれていても、そこにクリエイティヴな要素が加われば、現実や事実ではありませんから、抽象とよんでもいいかもしれません。

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上田薫のまとめ

医師を目指していたが、医大受験に失敗したことで画家の道に進むことができた上田薫氏。

芸大を卒業した後は結核を患い療養し、デザイン会社を経営して、本格的に絵に打ち込むことができたのは40歳すぎてから。

日本のスーパーリアリズムの第一人者としてあげられる上田氏でありますが、自分の作品は徹底して写実的にかきとる画法ではなく、構成を工夫する抽象画のようなもので、記述的なことはいらないと語っています。

日常的なモチーフを使って、一瞬と永遠、現実と空想という対極の概念を同居させる非日常的な芸術ではないでしょうか。

特記すべきことは、現在上田氏は90歳であっても現役の画家で作品を作り続けている、ということです。今もなお創造力を刺激し、理解できないという思考を追い求めている稀有な存在であると感じます。

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