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「コント赤信号」のメンバーで知られている小宮孝泰さん。
小宮孝泰さんは年の離れた妻を乳がんで亡くしています。
今回は、小宮孝泰さんの家族、妻とのエピソードや子供について紹介していきます。
小宮孝泰のプロフィール
名前:小宮 孝泰(こみや たかやす)
生年月日:1956年3月11日
出身地:神奈川県小田原市
趣味・特技:釣り、スキューバダイビング、狂言、落語、英会話
高校:神奈川県立小田原高等学校
大学:明治大学
職業:俳優・お笑いタレント
所属事務所:オフィスPSC
明治大学の同級生だった渡辺正行さんの誘いを受け、養成所で一級上だったラサール石井さんと、3人でお笑いトリオの「コント赤信号」を結成したのが1979年のこと。
お笑いだけでなく、俳優としても多く活躍し、映画やテレビドラマに出演しています。2018年「西郷どん 」では徳川慶勝役をしていたのが印象的ですね。
小宮孝泰の結婚した嫁は?

馴れ初めは、1990年、久米島のテレビロケ先で出会い、奥さんの佳江さんに小宮さんが声をかけたところから始まりました。
翌年には結婚!小宮孝泰さん36歳、妻の佳江さんは21歳という、年の差15歳のカップルです。
佳江さんが31歳の時、乳がんを発症し、それから闘病生活を送ることになります。
しかし、42歳の若さでこの世を去っています。
佳江さんは闘病生活をノートに記録していて、内容には体調が悪いときは起き上がることすらできないということが記されていたといいます。
しかし、小宮さんに対しては愛情のこもった料理をしたりして、常に夫を支えていました。
小宮さんはそんな頑張りの愛情を分かっていながら、佳江さんの病院のアポイントメントは自分の仕事の都合で変えたり、具合がわるいのに焼肉屋に連れ出したりしていたので、妻を思いやることができなかったと、後悔しています。
お互い愛し合っていたのだけれど、パートナーが病気になってしまうと、相手を思いやることに、すれ違いが生じてきますから、仕方ありません。
佳江さんの骨への転移が確認された年、小宮孝泰さんにメールをだしたのですが、その内容は、小宮さんがいつも支えてくれて感謝しているという内容でした。
そして、小宮さんは乳がんであることを知ると、「ヌード写真」を撮ることを提案したそうです。
乳房の形が変わってしまうので、思い出を残しておきたい気持ちで、プロのカメラマンに三浦海岸でヌードを撮ってもらったそうです。
小宮さんとしては、妻になにかできることを必死に探していたんですね。
小宮孝泰の「猫女房」
佳江さんは、大の猫好きで、闘病生活中に、「猫が飼えるマンションに引っ越し」をしたそうです。
猫が2匹飼える家で、在宅医療と在宅死を希望していました。
しかし、新居に住んだのは1カ月にも満たなかったそうです。
この本「猫女房」は、小宮さんが、妻との出会いから別離までを愛情をこめて綴ったエッセイです。
佳江さんは、ガン告知後に写真を学び、夫婦の愛猫をはじめ、町の猫を撮影し、旅の情景を切り取りました。また、「がんと過ごした日々」を詳細に記し、夫を気遣うメモをたくさん遺しています。そんな妻が遺してくれたメッセージと猫の写真を散りばめながら、夫婦愛を語っていきます。夫婦の日常・思い出の中に医師の選択と治療、在宅医療と在宅死の問題も丹念に描いています。
この本でもわかるように、お子さんはいなかったようです。
小宮さんは仕事が忙しいし、お嫁さんは乳がんという大病を患っていれば、子供どころではないでしょうね。
まとめ
小宮孝泰さんは随分と大変な結婚生活を送ったのですね。
しかし、夫婦の絆は強く、いつもお互いを思いやる愛情の深さは感動します。
若い奥様が早くに無くなってしまったのは、非常に残念なことですが、闘病生活でさえ、二人のパートナーシップの深さが伺える、素晴らしい思い出になっていると思います。
