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白川裕二郎の純烈に入るまでの経歴は?出身高校、力士や「牡丹と薔薇」で活躍!

歌謡グループ「純烈」のメインボーカル白川裕二郎

身長が184cmの超イケメンですね。

スーパー銭湯アイドルとして活動して、2018年の紅白出場で、益々人気が上がってきていますね。

この白川裕二郎は、純烈に入るまでは、本当に多経歴だったんです。

今回は、白川裕二郎の出身高校や職歴など純烈に入るまでをご紹介します。

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白川裕二郎の出身高校

出身高校は、公表されていませんが、神奈川県港北区の出身なので、神奈川県の県立高校に通われたのではないかと思います。
 
白川は、小学校6年の時に、父親が亡くなって、母親が女手一つで育てたそうなので、学費の高いお坊ちゃん私立高にはいっていないと推測されます。
 
高校時代はバレー部にはいっていました。
 
 
小学校の時に参加した少年相撲大会で地区優勝し、中学のときは柔道部とスポーツ万能のようです。
 

白川裕二郎の力士の経歴 朝日山部屋に入門

白川は高校の時に、相撲界からスカウトされ、大相撲の朝日山部屋に入門して、1995年9月場所に本名の白川という四股名で初土俵を踏みました。

大相撲時代の体格は身長182cm、体重82kgと小柄な力士で、1日に米1升のノルマと、プロテインを混ぜたドリンクを飲むのが、つらかったそうです。

1996年7月場所より四股名を綱ノ富士に改名しましたが、怪我のために1996年9月場所限りにわずか入門1年で引退しました。

白川裕二郎の俳優として活躍 

「ハリケンジャー」

相撲界を引退した後は、母親の勧めで俳優を目指しました。

2002年『忍風戦隊ハリケンジャー』の霞一甲 / カブトライジャー役でデビューします。

競演した塩谷瞬らと共に「イケメンヒーローブーム」の話題の人となりました。

このときの筋肉が凄いんですよね。超マッチョだったんです!

相撲で鍛えた筋肉に、テレビの前のママたちはうっとりしていたことでしょう。

「スポーツマンNo1決定戦」

持ち前の運動神経の良さを活かして、芸能人サバイバルバトルで、5年間上位を占めています。

大会 放送日 総合順位
第11回大会 2003年3月31日 2位
第12回大会 2003年9月26日 6位
第13回大会 2004年4月5日 6位
第14回大会 2005年4月8日 4位
第15回大会 2005年9月28日 6位

「牡丹と薔薇」 2004年

牡丹の恋人、柏木雅也役で出演していましたね。昼ドラでここでも奥様たちのハートを掴んでいました。

大河ドラマ「功名が辻」「天地人」

白川裕二郎は、NHKの大河ドラマ、2006年の「功名が辻」や2009年の「天地人」にも出演して、俳優としての不動の地位を築いていっています。

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白川裕二郎が純烈に入った頃は?

純烈の出発にも苦労は多かったようです。

2007年にメンバーの酒井一圭の誘いでグループが結成されました。

肉体派で生きてきた白川は、本格的に歌謡曲を歌った経験などはなく、またメンバー全員が歌謡曲未経験の状態でスタートしたそうです。

約3年に及ぶボイストレーニング・下積みを経て、2010年に『涙の銀座線』でメジャーデビューしますが、2012年にレコード会社との契約が打ち切られてしまいます。

その後は老舗キャバレー、健康センターやスーパー銭湯などで歌うところを探して努力を続けたそうです。

その努力が実って、念願の紅白出場!というわけですね。

「ハリケンジャー」をしていた頃とは、ファン層は大分変わったそうです。

(今はオバサマキラーですよね)

活躍する場所が、戦闘から銭湯に変わったのですから、ファン層は高年齢になってきていますが、こうした活動を面白がってくれる人たちが、どんどん増えていって今に至ってます。

これからも、白川裕二郎と純烈の益々の活躍を期待しています!

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